翌日からも、ヒル魔の学校生活は表面上は今までと変わりなく続いたが、放課後、アメフト部の練習が終わると必ずと
言っていいほどクリフォードの家に呼ばれて、アメフト関連の話で盛り上がった。
カジノに潜りこんで賭けポーカーに興じることもあり、勝負を仕掛けるときのヒル魔の度胸の良さにクリフォードが感心
したり、賭け金を吊り上げるためにクリフォードが張ったえげつない罠にヒル魔が笑いをこらえたり、と二人そろってあの
NFLの試合を見に行った日の高揚を引きずったような気分のまま、日々が過ぎて行った。
別れ際、おやすみのキスを交わすのも習慣になっていた。
だが、ヒル魔に言われたことが気になって、なんとなく人前での接触を避けてきたクリフォードの我慢の限界は、一週間
そこそこで訪れた。
「ヨウイチ、賭けをするぞ」
思えば、二人で誰かを嵌めたことはあっても二人の間で勝負したことはなかった。
あまりにも自然に自分の懐に入り込んできた相手に、今更になって脅威を感じた。
「またポーカー?今から行くのはめんどくせえよ」
決して見た目ほど大人しくはない少年は、イエス・ノーがはっきりしている。
クリフォードの誘いでも、嫌なことは絶対しないのだ。
その意思の強いところも、普段どんなにいじめられているように見えても、ケロッとして裏では舌を出しているような
したたかな性格も、今となっては否定するのも馬鹿らしいぐらいに気に入っていた。
大体、いい年をした男がただの友人におやすみのキスをしている時点で自覚するべきだったのだ。ヨウイチ以外の誰にも、
そんなことはしたことがないのだから。まあ、ヨウイチが驚いたのは最初だけで、どういうつもりかあっさり受け入れてい
たが。
「違う。俺とお前で、だ」
「OK」
どんな顔をするかと思ったら、クリフォードに向けられたのは満面の笑み。
「何を賭ける?」
アメフト雑誌を抱えて転がっていたソファから身を乗り出して尋ねてくる目はキラキラ輝いている。
「そうだな…」
この二人で金など賭けても仕方ない。
お互いそれはわかっているから、クリフォードが考えるような素振りを見せると、
「じゃ、負けた方は勝った方の言うことを何でもひとつ聞くってのは?」
相手はあっさりと彼の望む答えを返した。
「ああ。引き分けの場合はどっちも相手の言うことを聞く。それでいいな」
引き分けなんて負けと同じだ、というクリフォードに、ヒル魔も頷く。
「ゲームは?」
「お前が決めろ」
「何のハンデだよ」
傲岸に嘯けば、むぅ、と眉を寄せて拗ねてくる。
「ふん、俺が決めていいのか?40ヤード走っつったらどうする?」
小馬鹿にしたような答えを返せば、相手の負けん気に火がつくことは、長いとは言えない付き合いでも十分にわかって
いた。
クリフォードの予想に反して、ヒル魔が選んだゲームは、ボードゲームでもカードゲームでも無かった。
「弾は3発。真ん中以外はカウントしねえ。一発でも多くど真ん中ぶち抜いた方の勝ちだ」
翌日、ヒル魔の言うままにバイクを走らせて着いた先は、射撃場。
やけに慣れた手つきで銃を扱う白い手に、そういやこいつの親、軍人だったな、と納得する。
ヒル魔はヒル魔で、いくらアメリカ育ちでも子供が、それもギャングスタでも何でもないクリフォードがそうそう銃を
持つ経験はしていないだろう、と考えてのチョイスだった。
ハッキング勝負、というのが脳裏を掠めないでもなかったが、あまり情報収集系の技術で手の内を晒したくはない。
真ん中以外カウントしない、というルールにしたのは、正QBとしての腕を考慮すると、目もコントロールもいいはずで、
慣れたらいい線いくだろう、という読みから。
そして、クリフォードが慣れる前に終わらせてやるとばかりに、勝負はたったの3発だ。
「わかった。じゃあ、betだ」
クリフォードの言葉に、先制攻撃とばかりにまずヒル魔が
「俺が勝ったら、試合でてめえのデータ取らせろ」
一番近くで、つまりはベンチにパソコンを持ち込んで一試合丸々のデータを取る、という暴言に、クリフォードの眉が
ぴくりと動くが、数秒の沈黙の後、
「いいだろう」
承諾されて、言いだしたヒル魔の方が内心で驚いていた。
余程勝つ自信があるのか、それともヒル魔が見る試合では全力を出さない気か。
「そっちは?」
「…そうだな、お前、日本の学校にいたんだろ?」
「ああ、しばらくな。て、おい、考えてなかったのかよ」
「さあ、どうだろうな?」
ヒル魔の突っ込みを相変わらず内心の読めない無表情でかわし、少しばかりの間の後で要求を口にする。
「じゃあ、あっちの制服でも着てもらおうか」
たいしたことのない要求に、ヒル魔の中で警戒ゲージが一気に上がる。この男が、そんな簡単なもので済ますはずがない。
「制服?」
「日本は高校も制服なんだろう?」
「制服、じゃねえとこもある」
クリフォードの意図が読めないせいで、歯切れの悪い返事になってしまう。
「べつにてめえが通ってたとこのじゃなくていい。セーラーな」
最後にさらっと付け加えられた言葉に、どんな顔で言ってんだコイツ、と見上げてもやっぱりいつもと同じ無表情がある
だけだった。
「お前、そういう趣味?」
真意がわからず問いかけるが、あっさり無視されてしまう。
「着るだけならいいけどよ」
「ああ」
着るだけだ、と明言されて、とりあえず了承する。
互いの要求が出そろったところで、一発目。
−ガゥン!
ほぼ同時に放たれた銃弾は、ヒル魔のものだけが、きれいに的の中央へ吸い込まれていった。
「へえ、結構上手いじゃねえか」
クリフォードの撃った弾は、中央から1センチほど右に逸れていた。
撃ち慣れていないことを考えれば、確かに上手いと言える。
この調子で修正をかければ、残り2発は中ててくるかもしれない。ヒル魔とて、この後も一発も外すつもりはないが、
念のため揺さぶりをかけておこうと口を開いた。
「レイズだ」
「what?」
不機嫌そうに聞き返されたところで、気にするような可愛い性格ではない。
「レイズ無しなんて言ってねえ」
賭けをするのに聞かない方が悪い、と言い切ってみせれば相手が頷くのはわかっている。
「言ってみろ」
「試合相手はこっちが指定する」
全力を出したクリフォードでなければ、データを取る意味はない。
だが、一発目を外して尚、余裕綽々のクリフォードを見ていると、もしかしたら全力を出さないつもりかとも疑えて、
その余裕を潰すつもりで出した条件だった。
「わかった」
しかし、あっさりと了承されて、2発目。
−ガゥン!
再び、ほぼ同時に音が響く。
「俺も、レイズだ」
今度は的中させたクリフォードが、同じく中てたヒル魔に向かってにやりと笑う。
「ああ」
次にヒル魔が中てればクリフォードの結果がどうであれ、ヒル魔の勝ちだ。否、例えヒル魔が外してクリフォードが中てて
も引き分けで、2発目が終わった段階でヒル魔の要求は叶えられることが決まっている。
相手も揺さぶりにきたのだろう、と何を聞いても動揺しないように努めて冷静であろうとするヒル魔だったが。
ぐ、と体を寄せて耳元で囁かれた言葉に絶句することになる。
「fuck you」
「なっ!?」
あまりにも予想外な言葉に、動揺を隠しきれない。
「安心しろ。俺がお前の指定したチームに勝ったら、でいい」
負けることなどあり得ないと言いたげに、自信満々に告げるクリフォードの譲歩はわざとだ。
ヒル魔に要求を呑ませるために引いてみせただけ。
わかってはいても。
「…いいだろ」
ヒル魔は要求を呑まざるをえない。
クリフォードの示した譲歩は、即ち、ヒル魔の組んだ試合を全力で戦う、という意味も含んでいるから。
それに、次、外さなければいいのだ。
今の成績は、クリフォードが1発、ヒル魔が2発中てている。3発目をヒル魔さえ外さなければ、クリフォードが中てた
ところで、ヒル魔の勝ちは動かない。
「これで最後だな」
−ガゥン!
運命の銃弾は。
「糞!」
クリフォードのものだけが、心臓へと食い込んだ。
「引き分けだな」
大して面白くもなさそうに言うクリフォードは手早くその場を片づけて、帰るぞ、と促した。
自分の失態に打ちひしがれているのか大人しくついてくる相手をバイクに乗せる。
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