「で?はるばる日本に何をしに?SPの一人も連れねぇで…まさか本当に観光とか言わねェよな?」
辺りは既に夕焼けで赤く染まっていた。大きく溶けた太陽が地平線に沈む、その音までも聞こえてきそうだ。
「日常生活でSP連れてんのはドンぐらいだ。さすがに日本まではパパラッチも追ってこねぇしな。」
言い、クリフォードは額の汗を乱暴に拭って夕陽を見つめた。
「…サニー、この後暇か?」
「あ?」
「ドライブでもどうだ?生憎日本の地理には明るく無くてな。ナビがいると助かるんだが。」
ヒル魔は目を眇め、無糖ガムを膨らませた。
クリフォードはヒル魔の質問には答えなかったが、これ以上ここで粘っても埒が明かないと見て、この場はヒル魔が引いた。
「……ソーデスネェ。折角の夏デスし、海でもドーデスカ、クリフォード先生?」
「悪くねぇ。」
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一歩ずつ、進む足が砂に取られる。夜になり、暑さは幾分引いていたが、肌に纏わりつくような陸風と、絶え間ない波の音が、
空気の密度を上げていた。
浜辺には数人の男女が居た。大学生ぐらいだろうか。それぞれの手に花火を持ち、足まで海に浸かり追いかけあったり、
指差し合って笑いあったり。いかにも夏、青春の一ページ、といった風情だ。
ヒル魔とクリフォードは、彼らを目の端に入れながら、少し離れた場所に腰を下ろした。
「それで?何か大事なオハナシがあったんじゃないんデスカ、クリフォード先生?」
暗い海を見つめたまま、ヒル魔はクリフォードに問う。
「……セナ・コバヤカワの、ノートルダム大附属高校へのアメフト招致留学が決まった。」
「ほう?……で、俺がそれを知らないとでも?そんなことを言いにはるばるアメリカから来たわけじゃねぇだろ?」
安易に入手する事ができた情報だ。まるで、ヒル魔に知らせるため、故意にセキュリティが緩められていたかのように。
どんな目的があったにせよ、わざわざ赴く必要など全く無いはずだ。ヒル魔のメールアドレスを調べることなど容易だろう。
自身で調べる手間を掛けずとも、パンサーを伝ってセナにでも問えば、すぐに連絡を取る事ができる。
ヒル魔はじっとクリフォードの目を見た。思惑を探るように。
すると、完璧なポーカーフェイスの下、射抜くような、熱を孕んだ視線を向けられて、あぁ、目当ては俺か、とヒル魔は
理解し、視線を逸らした。
潮の匂いが強い。
「サニー、ノートルダム大に来ないか?」
「……行かねぇよ。」
『お前がノートルダム大に来ないのなら、セナの招致留学はなかったことにする、と言ったら?』
喉までその言葉が出掛かって、クリフォードは頬の筋肉を震わせた。
「理由は?アメリカ…ノートルダム大は、アメフトをやるのに最高の環境だ。」
「テメー、分かってんのに訊くのかよ。」
ヒュ〜、と、場違いな打ち上げ花火の音が響いた。
「…やりてぇんだよ、アメフトを。」
それは、選手という名の戦士として、フィールドという名の戦場に立ち続けたいということ。
「…知ってる。」
「俺の身体能力じゃ、選手として使い物になんねぇ。万が一出られたとしてもすぐに体壊すのがオチだ。
センセーがそんなことも分からないと?」
ドンやクリフォード、タタンカといった最高レベルの選手たちを自在に操れたとしても、ベンチは、ヒル魔の居場所ではない。
試合に出られなければ、意味が無いのだ。
「分かってる。」
「じゃあ」
何で、そんなことを言うのか。
「……ただの、我儘だ。……お前が傍にいれば、毎日が面白ぇだろうと思っただけだ。」
いつもの無表情のまま、ピクリとも表情を変化させていないはずなのに、ヒル魔には、クリフォードの心臓が軋む音が
聞こえた気がした。
情熱的デスネ先生は、と揶揄する事はできなかった。なぜなら、クリフォードのその軋みが空気を伝い、ヒル魔の鳩尾を
息苦しいほどに締め上げたからだ。
ヒル魔とて、留学を考えなかったわけではない。アメリカでプレーしたい、プロになりたい。バカみたいな夢は今も勿論ある。
だが、それを掴む最短距離が、米国大学留学であるとは、どうしても思えなかった。
暫くそうして、ただ二人浜辺に座り、夜の海を見ていた。この海の向こうに、確かにアメリカがある。しかし、今の彼らに
とって、その隔たりはとても広く、果てなど無いかのように感じられた。
「…さてと、行くか。」
「…どこに?」
「決まってんだろ。センセーのホテルだよ。」
「テメー………分かってんのか?我慢できねぇぞ。」
「我慢なんてしたことねーだろ、クリフォード先生。」
ヒル魔は余裕の笑みを浮かべて見せる。
抱かれてもいいかと思った。元より男だからとか、そういった貞操観念は全く持ち合わせていない。そして何より、
こんなにも心を掻き乱されることは、もうこの先ないかもしれないと、そう思ったからだ。
「いいのかよ、あのドレッドは。」
「糞ドレッドとはそんなんじゃねぇよ。…ま、アイツが俺に執着してるのは確かだろーが、キスもされたことねーし。」
クリフォードはその言葉に驚いたようだ。
「テメーは…」
どう思っている、金剛阿含を――
全てを言わずとも、ヒル魔は汲み取った。
「どーだろーな。隣りにアイツが居んのが当たり前みたいに思ってた時期もあったけどな。……始まる前から終わってんだ
よ、俺たちは。……確かに糞ドレッドとのドラゴンフライはサイコーに興奮すっけど。」
クリフォードの眼が僅かに眇められる。無表情を保ってはいるが、きっと今ここに居ない男に嫉妬しているのだろうと
ヒル魔は思う。そしてそれを、かわいいとも。
不意に、先刻のセナとクリフォードの練習風景が蘇る。完璧とも言えるプレー。不敗の勝負師の名を誇る頭脳。それを
羨ましいとは思わないが、酷く息が苦しかった。
がらんとした駐車場、夜の闇に尚黒く光るハーレーダビッドソンに、夜の闇に溶け込むことの無い緩やかな金髪が跨る。
ヘルメットも、グローブもつけずに。
「日本に来てレンタルでまでハーレーかよ、糞ハッタリ野郎。」
と、泥門高校の駐輪場でそれを見つけた時にもヒル魔は同じように毒づいた。ヒル魔の元奴隷にでも問えばモデルまで詳し
く(そして暑苦しく)語ってくれるのだろうが、生憎ヒル魔はそこまでバイクに興味はなかった。
クリフォードに視線で合図されて、行きと同じように、ヒル魔は後部座席に横向きに腰掛ける。けれど、今回は躊躇無く、
クリフォードの腰に右手を回した。
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「…オイ、何で止まってんだよ。」
五月蝿いぐらいのエンジンの重低音と、Gのかかった、地面に押さえつけられるような走りに、うっとりとクリフォード
の背に身を預けていたというのに、目的地より少し前の繁華街で停車されて、ヒル魔は不満の声を上げた。
「ゴムとローション買うんだよ。俺は無くても良いけどな。…一緒に見るか?」
「〜〜〜っ糞!死ね!」
ヒル魔が愛用のM19を取り出すより早く、クリフォードは明るすぎる自動ドアの内へと消えた。
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この話のヒル魔さんは童貞&処女です。(←表現が酷い)
ゴンさん、何をトチ狂ったか未だ手を出していない模様。笑
でもヒル魔さんは空気読めすぎなので、自分に対しての好意にも敏感です。
次からそういう描写ばっかりになるので、苦手な人は6まで飛んでくださいね。