楽しい時ほど速く過ぎる――とは隣で眠る自称王族様のお国の諺だが、ヒル魔にはあれが楽しかったのかどうか、
正直よく分からない。
入る前、ビカビカと派手に、けれどセンスよく家全体を飾るイルミネーションにまず驚き、入ってすぐ、天井まで届くかとい
うクリスマスツリーに驚いた。日が沈んでからの訪問にも、それはもう暑苦しいくらいにヒル魔を歓迎したクリフォードの家
族。ハッカーである父親やアメフト好きの末弟などは特に喜んで、終始ヒル魔の隣を離れなかった。その日はヒル魔の歓迎パ
ーティだと称して豪華な料理が食卓に並んだ。
翌日クリスマスイヴは、昼食を済ませた辺りから今度はクリスマスパーティだといって女性陣が夕食のご馳走を拵え始め、
夜はシンガーソングライターだというクリフォードの弟がギターやピアノで伴奏しながら皆でクリスマスソングを歌った
(ちなみに無理矢理歌わされた割に殊の外歌が上手かったヒル魔は大絶賛を受け、一番下手糞だった長男クリフォードは
大ブーイングを受けていた)。食後には死ぬほど甘いエッグノッグというシロモノ(アレを飲み物だとヒル魔は認めない)
を無理矢理クリフォードに飲まされ発砲したり、末妹弟が寝静まった後クリフォードの父親がわざわざサンタの衣装に着替えて
ストッキングにプレゼントを入れていたのを見て爆笑したりした。風呂上りに上半身裸でミルクをがぶ飲みするクリフォード
に「だらしない!最低!」と言って上の妹がティッシュケースを投げつけ。それにビクともせず1リットル程残っていたミルクを飲み
干し、口の周りに白い髭をつけたままゲップをするクリフォードに今度はアメフトボールがお見舞いされてケケケと大笑いし
た。
クリスマス当日、朝起きてリビングに行くと、ストッキングに入っていた有名スポーツブランドのスパイクを見つけて涙を
流して喜ぶ末弟の姿があった。そして朝食をとる前にプレゼントの交換をし、まさかヒル魔からもプレゼントがもらえると
思っていなかったらしい末弟にまた抱きつかれた。クリフォードからのプレゼントは香水で、著名なフレグランスデザイナー
にヒル魔のためだけに作らせたものだと言う。いちいちやる事が気障ったらしくて(素は裸でミルクをがぶ飲みするような
オヤジの癖に)ヒル魔はまた発砲した。朝食後は家族揃って(勿論異議を申し立てる余地も無くヒル魔もだ。悪魔であるのに)地元の有名な
教会の礼拝に参列し、午後は前日作ったご馳走を囲みただまったりと過ごした。
そして今、デルタ航空サウスベンド行きのファーストクラスのシートにいる。クリフォードはいつもの完璧なクリフォード
で、だらしなさを妹にどやされる姿など欠片も想像できない。ヒル魔もいつも通りの悪魔の姿に戻っていたが、
ただ一ついつもと違うのは、冴え渡るような香りを纏っていること。クリフォードが寄越したそれは、誂えたという言葉通り、
ヒル魔にとてもよく合っていた。二人寄り添えば、クリフォードの香水と混ざり、全く違った淫靡な香りになる。
ヒル魔は隣でアイマスクをつけて眠るクリフォードを見つめ、自らも目を閉じた。眠りは一向に訪れそうに無かったが、
この不思議な感覚に慣れる時間が必要だった。一家団欒というのは、初めて経験するもののような気もするし、デビルバッツ
の合宿で味わった空気に似ている気もした。普段と全く違う環境に、ストレスが無かったと言えば嘘になるが、疎外感は感じ
なかった。それは偏に、クリフォードから真っ直ぐに好意を注がれていたからだと分かる。そしてそれこそが、ヒル魔の戸惑
いの原因でもある。与えられることに慣れていないのだ。心の底から欲するものには、我武者羅に向かっていける。しかし、
この微温湯に浸されたような、壊れ物のように繭で包まれたような状況は、自らが望んだものなのかそうでないのか、分からない。
居心地は悪くない。それでもいつまでもこんな状況が続く筈も無いと分かっている。
「…サニー?」
いつから目を覚ましていたのか、気付くとアイマスクをずらしたクリフォードに顔を覗き込まれていた。
「何もすることねーなら寝とけ。身体保たねぇぞ。」
「…あ?」
間抜けな声だったと思う。物思いに高速回転していたヒル魔の頭は、一瞬何を言われたのか聞き取れなかった。
「寝とけ、っつったんだ。三日も我慢したんだ、俺ん家に着いたら寝る暇なんざやらねぇからな。」
こういう時だ。どうしたらいいか、分からなくなるのは。いつもの軽口ではなく、ただ口を引き結び無言で返すヒル魔の
手を、クリフォード暖かな手が包んだ。
分からないなんて嘘だ。ヒル魔はとっくに理解していた。自分がこれを『幸せ』というものだと認識していて、けれどそれは
いつか離れていくものだと知っているということ。大切だと思えば思うほど、失った痛みが大きいこと。そういう『恐怖』
に易々と支配される自分自身の弱さ。日本に帰って会えない間にも、自らのこの香りに否応無くクリフォードのことを思い
出させられるのだろう。だから、この手を握り返せないのだ。
クリフォードは自分のアイマスクをヒル魔につける。そうしてヒル魔から穏やかな寝息が聞こえてくるまでずっと、ヒル
魔の手を握っていた。
時は速く過ぎていった。
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ガチャ。
オートロックのドアが閉まるや否や、ヒル魔は後ろからクリフォードに抱き竦められた。耳に首筋に、舌と唇を這わせられ、
ジャケットの裾から忍び込んだ手に、パーカー越しに胸を弄られる。内腿を揉む手にゾクッと背筋に震えが走って、熱い息が
12月のサウスベンドの空気を白く染めた。
「おい…待っ」
「待てねぇ。」
顎を掴まれ、無理な体勢で深いキスをされる。舌を吸い上げられ、歯列の裏から上顎を尖った舌で舐め上げられると、鼻に
抜けた息に声が乗った。縋り付きたくとも羽交い絞めにされ振り向くことも出来ず、ヒル魔は後ろに手を伸ばしクリフォード
の腰を愛撫した。拒んでいるわけではなく、スピードの変化についていけないのだ。やっと接吻を解かれた時には、いつの間
にかファー付の白いダウンジャケットもその下の黒いパーカーも肌蹴られていた。項の髪の生え際を音を立てて大きく吸われ
る。
「サニー、服脱げ。続きはバスルームだ。」
脱げ、と言いながら身体を担ぎ上げる矛盾に、ヒル魔は目元を赤く染めながら笑った。先生も、相当余裕が無いらしい。
クリフォードの甘い誘いに釣られJFK空港に到着してからというもの、ヒル魔はいつもの調子の半分も出せていない。
けれど、自分の思い通りにならずとも、何も考えず全てを安心して委ねられるこの心地好さに、いつもの自分は相当気を
張っているのだと思い知らされた。不敗の勝負師と呼ばれる男と共に居るのに、勝負など何一つしていない。相手を挑発し、
陥れ、ゲームに勝つことは確かにこの上ない高揚感を与えてくれる。だが、自分は今まで、それしか知らなかっただけではな
いのか。例えば休日に恋人の膝枕でカウチに寝そべり、ポテトチップスを食べながらアメフトの試合を見る。痺れるプレーに
興奮するままに声をあげ、次のプレーを予測し、当たればコーヒーを淹れて貰え、外れれば泣いて懇願するまで擽られる。賭
けと呼ぶには幼すぎるやり取り。そうした穏やかさを、知らずに生きてきただけではないのか。
降り注ぐシャワーに垂れていくクリフォードの髪の毛を、ヒル魔はぐしゃりと撫で付けた。熱いシャワーの中ヒル魔はクリ
フォードの口付けに酔い、まだ湯の溜まっていない、自宅用にしては広過ぎるジャグジーの中クリフォードの口技に達した。
逆上せる寸前に浴槽から出され、ひんやりとした床の上、シャンプーとヘッドを取り外したシャワーの微温湯でそこを丹念に
洗われた。素手に取ったボディソープで体中を弄られ喘ぐことしかできず、羞恥と内外からの熱さにヒル魔は考えることを止
め、ただただクリフォードを求めた。
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ヒル魔さんが段々絆されてきています。先生の思うツボです。
ヒル魔さんは先生に何をプレゼントしたんでしょうねぇ。(訊くな)
次はエロなので、一応R18でお願いいたします。
飛ばしてもなんとなく話はつながっていますので、苦手な方は5まで飛んでくださいね〜。