「…おい、テメーの実家はブルックリンじゃなかったか?」
「あぁ、そうだな。」
「今走ってるココはマンハッタンのような気がするんですが?」
「よく分かったな。」
「まさか目的地はロックフェラーセンターとか言わないデスよねぇ?」
「よく分かったな。」
「…おい、糞ツリーなんざ見ねぇぞ。」
「あー、確かにそれもあるが、目的は買い物だ。勝手に呼びつけたのはこっちだが、クリスマスはプレゼントを交換する
習慣があるからな。何も持ってきてねえだろ?」
「たりめーだ。まさか先生のご家族とクリスマスを祝うとは夢にも思いませんで。…で、俺にテメーの家族に渡すプレゼント
を買えと?」
「そういうことだ。別に、金出したくなきゃ俺が払う。選ぶだけお前が選べ。」
「いや、金はある…つーか、その前に、俺テメーの家族知らねえんだが…。」
調べても調べても、クリフォードの家族についての情報は、胡散臭い王族の話以外は何も出てこなかったのだ。ヒル魔が
情報を掴めないという時点で、身内にコンピュータ、もとい情報操作に精通する人物、それもウィザードやグルと呼ばれる
類の上級ハッカーがいるだろうことは予想に易いが。
そうした厳重な情報操作にもかかわらず、クリフォードはあっさりと真実を明かした。
「あぁ、親父にお袋に弟二人と妹二人だ。親父は情報工学者、お袋はダンススクール講師、上の弟は3つ下でシンガーソン
グライター、下の弟はまだ7でタッチフットやってる。上の妹は13でチアリーダー、下の妹は10で…そうだな…不思議ちゃん、
って奴か。至って普通だろ?」
「ほーぅ、なるほど…お父様がねぇ。……道理で調べても何も出て来ねぇわけだ。」
自分達の親世代、男性、ルイスという苗字…大体の予測がついて、ヒル魔はケケケと笑った。世界的に有名なスーパーコン
ピュータセンターの主席特別研究員だ。
「随分ご高名なお父様をお持ちで。」
「親父を褒められても嬉しくねぇよ。」
「つか、テメー家族には言ってんのかよ?俺が来るってこと。」
「たりめーだ。…ま、ちょっとしたサプライズで名前は伏せてるが、日本から友達が来る、っつってある。………恋人だ、
っつっといた方が良かったか?」
「そう言ってたら俺は今すぐ日本に帰る。」
「ま、カミングアウトはテメェの心が決まってからだな。」
今、さり気無く恐ろしいことをまるで決定事項のように言われた気がするが、都合のいいヒル魔は聞こえない振りをした。
「…俺へのプレゼントはテメーで金出せよ。」
「………………。」
「おい黙んな。」
「……何か欲しいものでも?クリフォード先生。」
「ヨウイチ・ヒルマ。」
すかさず返された答えに、呆れの余りヒル魔がしわくちゃになる。その様子を見てクリフォードはクツクツと笑い、
「が、俺にあげたいと思うもの。」
と続けた。
つまり、何でもいいってことじゃねぇか。ヒル魔は先程からの会話だけで既に疲弊しきり、大袈裟に溜息を吐いて見せた。
「それから、俺のことはクリフでいい。」
「あ?」
「クリフォードじゃなくて、クリフでいい。家族も皆そう呼んでる。」
「あー、そう。………気が向いたらな。」
「俺もヨー」
「ヨーイチとか呼びやがったら殺す。」
「ヨーイチ。」
ガショ、と、再びライフルの引金に手を掛けるが、見越したクリフォードが手首を捕る方が早かった。
「ヨウイチ。」
「糞!っだから」
「ヨウイチ、ヨーイチ、よーいちよういち妖一」
「るせーっ!!前見ろ糞ドライバー!………ったく、テメーは。」
妖一、という名前は、ヒル魔にとってあまり良い気分を起こさせるものではない。その名で呼ぶのは今のところ一人だけで、
その人物との良い思い出など、一つも無いからだ。
「アメリカではファーストネームで呼び合うのが普通だ。」
軽い言葉。けれども視線はいつでも凍て付くほどに本気の色を滲ませていて、クリフォードのそういう所が一番扱いづらい
とヒル魔は思う。
「………ハイハイ、どうぞご勝手に。呼ばれても返事シマセンから。」
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「おいサニー、コーヒー飲まねえか?」
一通り買い物を終えたところで、唐突にクリフォードが言った。ヒル魔はその言い方に、どこか引っかかるものを感じる。
何故か、と問われればなんとなく、としか答えようがないが、人を嵌めるような臭いがしたのだ。自然すぎて不自然というか、
その中にほんの僅かだけ浮き足だった気配がある。それは、勝負に慣れた者のみが嗅ぎ分けられる程度のものかも知れないが。
「…んだよいきなり。胡散臭ぇな。別に喉渇いてないんですけど。」
「いーからこっち来い。」
するとクリフォードは、買ったばかりの大きな荷物を抱えた反対側の手で、ヒル魔の腕をがしと掴んだ。そのまま半ば引き
摺るようにずんずんと歩いていく。目的地はこの先にある、『コーヒーとサンドウィッチはマンハッタン一』と評判のカフェ
らしいが、どうだか、とヒル魔は思った。確かに美味いコーヒーには魅力を感じるが、全ての買い物を終えた今、後はクリフ
ォード宅に直帰するのみで、少しの間我慢すれば喉の渇きも空腹も癒せるだろうに。
そうして引き摺られるうち、件のカフェが見えてきた。ヒル魔の足が徐々に鈍る。カフェ前のオープンスペースに、桃色の
甘臭い空気を醸し出す人だかり。イルミネーションの施された高い天井からは大きなリースが垂れ下がっており、その下では
数組のカップル(だと思われる)達が見つめ合い頬と言わず口と言わず唇を寄せている。ヒル魔にとっては不快極まりない小
さな音を立てながら。
あの糞リースの下はキス義務エリアか何かか?数m離れた位置から既に胸焼けが酷く、ヒル魔は踵を返そうとする。が、それ
もクリフォードに腕を掴まれていて叶わない。
「せんせー、ションベン」
「却下だ。」
「糞!死んでも嫌だ。」
「キスしたぐらいで死なねぇよ。」
やる気まんまんじゃねーか!ヒル魔は力では敵わないと知りながらも、渾身の力で踏み止まり、右肩に掛けていたライフル
を構えた。が、構えたところで、肝心の標的が視界から消えていた。
「ぅおわっ!」
不意に掴まれていた腕が解放され、ヒル魔はよろける。バランスを取ろうと数度ステップを踏む前に、腹の辺りに衝撃が
襲った。次いで、浮遊感。目には磨きこまれたモールの床が映り、その床を踏みしめていたはずの足はバタバタと宙に浮い
ていた。そのすぐ脇に裾が解れたLeeのジーンズとカーキのダウンが見えて、ヒル魔は自分が今クリフォードの肩に担ぎ上げ
られていることを知った。
「糞髭ジジイ!下ろしやがれ!」
「ああ、言われなくても今下ろしてやる。」
クリフォードはまず左手に持っていた荷物を床に置き、暴れるヒル魔の身体を両手で抱え直した。軽々と、といった風に。
そして、ヒル魔の足が床に着くか着かないかというところで、クリフォードは左手でヒル魔の頭を抱えた。押し付けられる唇。
ヒューヒューという野次が五月蝿い。既に手遅れで、悪足掻きでしかなかったが、ヒル魔は勢いよくクリフォードの脛を蹴り
つけ、唇に鋭い歯を立てて噛み付いた。
「っつ………ったくテメェは、本当に出来の悪い生徒だな。」
そういうクリフォードの頭上に、大きな緑のリースが見えた。
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ロックフェラーセンターのあれこれは捏造です。あ、ツリー以外で。リースはヤドリギでっさ。
このシリーズ、なぜか先生が運転してばかりなので、シリーズ名を『運転先生』(←ネーミングセンスゼロ)とかに変えよう
かと思っています。
次はルイス家の団欒…と行きたかったんですが、いくらなんでも捏造が過ぎるのでざっくり削りました。メインはイチャイ
チャぐだぐだするお二人ですから。
クリスマス@ルイス家はまた別枠で、注意書きを設けてアップしようと思います。ヤドリギネタの説明もそのときに。
というわけで次は26日に飛びます。