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stickwithu
2009.12.14 uploaded
06. leaving on a jet plane
 あと30分もしないうちに、機上の人となる――。
 アメリカに戻れば、待っているのは日常。まだ入学前とはいえ、大学のサマーキャンプに参加し、いつもと同じように、 ハリウッドスター顔負けのパパラッチを往なしながら過ごす日々。
 クリフォードは、らしくないと自嘲しながらも、一昨日からつい先刻までの濃密な時間に思いを馳せた。今目の前に居る ヒル魔も、あとほんの僅かで見えなくなってしまうのだ。掠れた声も、クリフォードより僅かに低い肌の温度も。
 「よぉ、センセー?」
 目の前に居るのは、『いつもの』ヒル魔だった。金髪を逆立て、銃を構えて、ひっきりなしに無糖ガムを噛んで、汚い 言葉で人を挑発する。けれど、腫れぼったい目や、気怠げな歩き方、甘さを含んだ声と、項の小さな赤い印が、すべて嘘 ではないのだと、そうクリフォードに語りかけてくる。
 「…なんだ、サニー?」

 一度も、好きだといわなかった。
 言えば逃げていく予感がしていたからだ。今回の渡日自体、完全な見切り発車であることを、誰よりもクリフォードが 理解している。
 クリフォード自身、自分の気持ちを量りかねていた部分もあった。ヒル魔を、守りたいとも、滅茶苦茶にしてやりたいとも 思う。そしてそれ以上に、ただ傍に居たい、とも。しかしそれは恋情だとか愛情だとか形容されるものであるのかどうか、 分からなかった。
 ヒル魔は、今までの誰とも違った。本当のことなど何一つ口にしないかと思えば、思いの外素直に甘えて見せたり。 全てハッタリで塗り固められているかと思えば、アメフトに関しては驚くほど素直で一途で。それでも、もっとずっと深い 部分で、ヒル魔は怯えているようでもあった。それは諦観にも似たもので、瞳にクリフォードを映しながら、どこかで別れ を描いているのだ。
 慣れてしまったのだろう、大切な者に去られる恐怖に。だから必要以上に傷つかないために、はじめから別れを予期して おくのだ。本人は無意識かもしれないが。
 父親か、あのドレッドか……それとも誰か他の。それらの人物に、怒りも感謝も湧かないが、時間がかかりそうだとは思う。 クリフォードの腕の中に、ヒル魔が自分から飛び込んでくるまでには。

 「…俺は、テメーが思ってるより賢くねェよ。」
 ヒル魔が、続きを口にした。
 「確かに無理だと分かってる。身体能力の限界、どうやっても越えられねぇ人種の壁。でも、例え無理でも、」

 「プロに行きてぇんだ――――テメーらをぶっ殺してな。」

 綺麗だと思った。心臓が止まるくらいに。
 きっと初めて会った時から、悪魔のマジックにかかっていたのだ。
 唯一の荷物であるボストンバックを投げ捨て、クリフォードは人目も憚らずヒル魔をきつく抱き竦めた。 首筋に顔を埋め、声を絞り出す。
 「ヒル魔、無理でも何でも良い、必ずプロになれ。」
 『正面切ってトライアウトでパスしなくたって、俺が何とかしてやる、俺がお前を、プロにしてやる――』
 その言葉は呑み込んだけれど。
 そして、巻きつけた腕をヒル魔の腰まで下げ、抱え上げる。小さな、そして愛おしい子供にするが如く。 咄嗟にバランスをとろうとしたヒル魔が、クリフォードの腰に足を巻きつける形になる。
 ギミアキス――
 そう囁けば、「日本には公衆の面前でキスやハグをする習慣は無いんですけどねぇ」と笑いながら、ヒル魔が飛び切り 甘いキスを寄越した。


 この感情が、恋であろうが愛であろうが、名前などつかなくとも、どれだけ時間がかかろうとも。クリフォードは、 この悪魔を手放すことなどできないと思った。
 どんなに値の張る宝石でもイエスとは言わないだろうが、ヒル魔はきっと頷くだろう――スーパーボウル・リングという名の、 エンゲージ・リングならば。










というわけで両思いですが、ヒル魔さんが一歩引いてしまっているために両片思いのような状態が続きます。
でも基本的にこのシリーズはイチャイチャぐだぐだなので、そんな感じで。
読んで下さってありがとうございました!
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