クリスマスが商業イベントとして日本に定着し、発光ダイオードの発達によって安価で電飾を楽しむ事が出来るようになっ
た昨今、日本でも住宅の外装や庭を色とりどりの電飾で飾るイルミネーターなる種族が増加傾向にある。そういったイベント
事とは無縁のヒル魔も知るところだ。しかし、今目の前にあるこの景色は…
「ただのバカだろ。」
「先に言っておくが俺の親父もただの馬鹿だ。」
「んだよこの糞ウゼェ眺めは。」
「クリスマスはクリスチャンにとって一年で最も重要なイベントらしいからな。」
「聖なる夜なんじゃねーのかよ?糞トナカイ向けの管制塔だろコレ。」
「一月以上前からか?生憎だが生まれてこの方飛行中のトナカイは見たことねぇよ。」
「俺もねーよ。」
「アメリカ人は日本人に比べて自己主張が激しい、そんなとこだろ?」
ヒル魔は目に映る光景の余りの眩しさに、自らの細く長い指で視界を覆った。眼前に広がるのは、アメリカらしく広い車道
、そこを通る自動車のライト、広い歩道に規則的に立つライトアップされた街路樹、そしてそれらを挟むようにこれでもかと
存在を主張する、光る無数の家。行政指定イルミネーション義務区画かと思うほど、そこは電光で飾り立てられた家ばかりが
並んでいた。いくらLEDが普及したとはいえ、日本でこのような景色をお目にかかることはまずないだろう。
ヒル魔はげんなりとウィンドウに寄りかかった。車は今赤信号で停車中。ウィンカーは左に出ている。何秒も待つことなく
信号は青に変わり、前の車が動き出した。クリフォードがシフトレバーをガチャガチャと弄り、二人が乗るバンが滑らかに滑
り出す。
と、僅かな違和感。否、今まで違和感を持たなかったことに違和感を覚えた。ヒル魔が座っているのは左座席。そして先程
のガチャガチャと言うギアを変えるシフトレバーの音。それまで興味もなく観察することもなかったが、改めてヒル魔はまじ
まじと車内を見回した。
「…どうした、サニー?」
「…いや、右ハンドルでマニュアルだなぁと思ったダケです。」
違和感がなかったのは、この車が、外車に典型的な左ハンドルではなく日本車に多い右ハンドルだったから。そしてヒル魔
が日本で頻繁に乗っていた武蔵の(厳密には武蔵工務店の)車がマニュアル車だったからだ。
「あぁ、親父がトヨタのファンだからな。」
「わざわざマニュアル?」
「さぁな、好みの問題だろ。」
「それで先生も?」
「ガキの頃から転がしてれば慣れる。」
ガキの頃って…ヒル魔は揶揄いかけ、そう言えば昔ノリエガが、「ヒル魔は運転はしねぇの?あ?まだ小学生だろって?ア
メリカでは小学生ぐらいから親父に助手席で教えられながら運転するもんなんだよ。俺もミドルスクールに上がる辺りにはミ
ハエル・シューマッハもビックリの…」とか何とかほざいていたのを思い出す。少しずつ、此処はアメリカで、隣
りで運転する糞髭男はアメリカ人であることを実感していく。
その僅かな思考の間に、車はセンスよく電飾を施されたガレージに入れられていた。
「着いたぞ。…ようこそ我が家へ、マイサニー。」
ニューヨーク市ブルックリンという土地柄の割には大きな戸建。昼の様に…とまではいかないが、明るく光るイルミネーシ
ョンは今が夜であることを忘れさせるほどだ。壁には天使やら羊やらがあしらわれており、ファンシーすぎるイルミネーショ
ンに「似合わねーケケケ!」とクリフォードを指差しひとしきり笑ったヒル魔だったが、ドアにかかる緑色のドーナツ型の代
物を見ると、先刻のロックフェラーセンターでの悪夢を思い起こし舌打ちをした。隣りに立つ髭面の冴えないクリフォードが
、ころころと表情を変えるヒル魔を見てニヤニヤと笑いドアベルを鳴らす。間延びしたインターフォンの音が鳴り終わるのを
待たず、ドアが内側から開いた。
が、そこにはよく磨かれた広いホールが広がるばかり。
「…ヨーイチ・ヒルマ?」
「あ?」
小さな声はヒル魔の腰の辺りから聞こえた。ヒル魔が視線を下に落とすと、青い瞳を零れ落ちるのではないかというほど丸
く見開き、パチパチと音がしそうなほど大きく瞬きを繰り返す少年。柔らかな癖毛を無造作に跳ねさせている。冬だというの
にハーフパンツで、それを覆い隠すほど丈の長いTシャツは見覚えのある赤と黒。ワールドカップユース日本代表チームのユ
ニフォームだ。背番号1は言わずもがなヒル魔のそれである。
「オイ糞ガキ」
「きれい…!」
「ぁあ?」
少年はヒル魔を穴が開くほど(ヒル魔は事実少年の眼球が落ちてそこに穴が開くかと思ったほどだ)たっぷり5秒は凝視した
後、ワー!と歓声を上げ家の中へと駆けていった。
「ダディー!マミー!大変だ!まだクリスマスじゃないのにプレゼントが来た!なんでサンタさんは僕の欲しいものが分か
ったの?誰にも教えてないのに!」
奥から叫ぶ声が聞こえ、固まるヒル魔を他所にクリフォードは何事もなかったかのようにヒル魔を家に上げた。内側から二
つ鍵を閉め、チェーンを掛けてロックし終わると、ヒル魔の背を押し、廊下の突き当たりのリビングへと促す。
トトトトト、ダダダ、バタン。
クリフォードがリビングへ続く扉へ手を掛ける前に、またも扉は内側から勢いよく開いた。
「あーもうっ!ちょっとクリフどいて!」
開いた扉から突進してきた小さな身体は、勢い余ってクリフォードにタックルをかまし、少しよろけながらヒル魔の正面で
気をつけの姿勢になる。
「はじめましてヨーイチ・ヒルマ!僕はジョセフ・W・ルイスです!ジョー・モンタナのジョーだよ。今7才で、タッチフッ
トをやってます!これ僕の宝物で、5才の誕生日にダディーとマミーが買ってくれたの。ここにサインしてください、ヨーイ
チ・ヒルマ!」
そう言ってジョーは両手に大事そうに抱えたフットボールを背伸びをしてヒル魔に差し出した。
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序章は末弟から。
ジョーは先生の弟とは思えないほど純粋です。そしてヒル魔が大好きです。
この話はanother morningでざっくり削った無駄な話だけで再構成されていますので、ほんっとどーでもいいネタだらけです。
しかも捏造オンリーです。マンハッタンもブルックリンも行った事ありません。すみませんすみませんすみません。