到着したニューオーリンズはサウスベンドより幾分穏やかな気候で、東京の一月よりも温かいかもしれない。空港を出れば
聞こえてくるのはジャズばかりで、当たり前だがニューヨークともサウスベンドとも違う独特の空気だ。全米有数の観光都市
であるが、勿論ヒル魔はそんなものに興味はなく、明日開催されるカレッジフットボウル四大大会の一つ、シュガーボウルの
観戦が目的だ。
やはり大都市であるからだろうか、それとも今日が大晦日であるからだろうか、夜になると気分が高揚してくるらしい若者
達が街の眠りを妨げていた。そんな不夜城の景色を眼下に、先程のドンの間抜け面といったらなかった、とヒル魔は思い出し
てケケケと笑う。
朝、スーツケースを引き摺りながら姿を現したクリフォードとヒル魔に、ちょうどSPに扉を開けられリムジンから降りて来
たMr.ドンはあの親父顔の巨体でぽかーんと立ち尽くした。それはほんの一瞬の出来事だったが、その決定的瞬間を見逃さな
かったヒル魔が身体を二つに折り指を差して馬鹿笑いしてしまったので、既に到着していた百名を越すチームメイト達と通行
人等の注目を集めることとなった。
搭乗してからもドンは暫く何か訊きたそうな顔をしていたが、ヒル魔は数日間の責め苦で疲れきっており(毎日きつい練習
の後あれだけの運動をこなせるクリフォードはキチガイじみているとヒル魔は思う)、離陸してすぐにふかふかのリクライニ
ングシートを目一杯倒し横になってしまったので、その後の二人のやり取りは分からない。
「…サニー、まだ笑ってんのか?」
ディナーを終え、ドンとクリフォードのみに与えられたスイートルームに戻ってからも、ヒル魔はドンの阿呆面をネタに
まだ笑っていた。
「ケケケ…だってあの糞大統領の間抜け面…ケケケ!」
笑いながら、ヒル魔はダブルサイズのベッドにダイブした。肩に掛けていたライフルを枕元に置き、腕を伸ばしてトランク
からノートパソコンを取り出す。クリフォードは、そんなお気に入りの玩具に囲まれてご満悦のヒル魔を横目に、着ていた
衣類をハンガーに掛けていく。と、思い出したようにクリフォードが言った。
「そうだ、明日、バッドも来るってよ。お前一人じゃ寂しいだろ?」
ヒル魔は目にも留まらぬ速さでキーボードを叩きながら声だけで答える。
「いいえ別に。あー、でも1プレーごとに賭けさして糞アクターからふんだくんのもいいな。」
「やめとけ、あいつは救えねぇ馬鹿だ。本当に鼻血も出なくなるぞ。」
「ケケケ。まー別に勝ちが分かってる勝負してもな。どちらかというとスナップ写真とかのが使えるか。あんなんでも一応
ハリウッドスターだ、日本にもイカれたファンは多いだろうしな。」
「それもやめとけ。テメェが『お前の写真寄越しやがれ』なんつったら、あのバカお前がゲイだと思い込んで要らん気を
回しやがる。見た目通り短絡的だからな。」
「強ち嘘じゃねぇけどな。」
言いながら、靴を履いたまま足をバタバタさせるヒル魔を見てクリフォードが笑う。挑発で他人を陥れる術に長けている
割に、ヒル魔の機嫌はとても分かりやすい。分かりやすいというより、降下しない、と言ったほうがピタリと来る。殊
アメフトに関しては、気分は上りっぱなしだろう。ドンをネタに笑ってはいるが、詰まる所明日のシュガーボウルが楽しみ
なのだ。
「それより、俺たちも賭けねぇか?」
「俺と先生で?何を?」
「俺たちが勝ったら、お前はスプリング・セメスターが始まるまでこっちに居ろ。」
スプリング・セメスター――アメリカの大学の春学期は、一月の第二週目頃からスタートする。
「…その前に俺の高校が始まるんですケド?」
「だからお前が負けたら、つってんだろ。…つかお前学校真面目に出てんのか?」
「そりゃあもう。そーゆーどーでもいいトコで隙を作りたくないもので。」
どうせ授業中も他のことやってっし、とヒル魔は続ける。また少しタララララとテンポの速いリズムをキーボードで奏でた
後、「けど」、と話を元に戻した。
「そもそも賭けにならねーよ。俺もノートルダムにベットする。」
クリフォードはその言葉に薄く笑う。そして全ての服を脱ぎ終えると、バスローブを羽織った。幸い、半袖でも充分なほどに
空調は効いている。
「…なら期待に応えねぇとな。」
革靴を脱ぐと備え付けのスリッパに履き替え、クリフォードはベッドの外でバタつかせているヒル魔の靴を脱がせた。
「ケケケ、負ける気なんてねぇくせに。」
ポン、とエンターキーを押すと同時にヒル魔の背に重みがかかった。ベッドと腰の隙間に腕を入れられ、耳に整髪剤で緩く
立ったクリフォードの髪が触れる。一気に密度が増した空気に、ヒル魔は露骨に顔を顰めた。
「…残念デシタ、俺はもう寝る。」
「俺も寝るぜ?…知ってたか?試合前日は、適度な運動と早めの就寝が望まし」
バフッ。
全てを言い終える前に、ホテルサイズの大きな羽毛枕がクリフォードの顔面を直撃した。
「適度な運動、だろ?ニッポンでは枕投げ、っつー遊びがありましてネ。」
「……流石俺の生徒、いい度胸だ。見せてやるよ、本場の枕捌きをな。」
「ケーケケケ!なんだよ本場の枕捌きって!ケーケ」
ボフッ。
涙を滲ませながら笑うヒル魔を、今度はクリフォードの枕が襲った。
「シュガーボウルは賭けにならねぇ。なら、枕ファイトで勝負だ。ルールは簡単。先に音を上げた方が負けだ。俺が勝った
らテメェは11日までこっちに居ろ。」
「…俺が勝ったら?」
「お前の言うこと一つ、何でもきいてやるよ。」
「…二言はねぇな?」
形の良い唇を横に裂いて悪魔のように笑うと、ヒル魔はお気に入りの玩具を手放して枕に手を掛けた。
結局先に音を上げたのはヒル魔で、シャワーで汗を流すと、クリフォードを待たずとっとと眠ってしまった。無理もない、
この五日間クリフォードが大学の練習に出ている間、ヒル魔もクリフォード宅のトレーニングルームで自主トレをしていた
のだから。それをクリフォードも分かっており、別々のベッドで眠ることこそ許さなかったものの、ヒル魔の希望通り、何も
せずに寝かせてやった。ただし、己の腕の中で。
猫が去ると鼠が遊び回る、とはいうが、ヒル魔が目を閉じている間だけ、悪魔が鳴りを潜め天使が出てくるようで、クリ
フォードは、今は天使の如き悪魔の額に小さなキスを落とした。
新しい一年に騒ぐ街の中、幾度も繰り返される新しい朝を二人は一つのベッドで迎えた。
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そうしてヒル魔さんはこれから十日程かけて仕込まれましたとさ、ちゃんちゃん。
折角クリスマスだニューイヤーだというのに、あまり設定が生かされてませんね。死
そして最後にネタバレすると、リク内容は「クリフォヒルで激エロ&ドライ初体験で大変なことになるヒル魔」でした。
あやさま、素敵なリクありがとうございます!でも全然設定生かせなくてすみません…!
つまらないものですが、受け取っていただけると嬉しいです。煮るなり焼くなりどうぞ〜。