「いったい何をすればこんな顔になるんだ」
空気の冷える2月の初め、学園の帝王、クリフォード・D・ルイスは、14年数か月生きてきた人生で、初の挫折感を味わっていた。
今までの人生において、挫折感や敗北感とは無縁だったクリフォードをこれほどまでに打ちのめしているのは、半年ほど前に出会った
日本人、ヨウイチ・ヒルマだった。
勝負を持ちかけて約半年、打てる手はいくらでも打った。もとより恋愛経験に関しては同年代をいくらも上回っていたクリフォードは
しかし、蛭魔相手に何の決定打も打てずにいる。
現在彼の目の前に置かれているノートパソコンには、高校時代の蛭魔の映像が映っている。
派手な金髪を逆立て、重火器を片手に後輩を追い、デビルバッツのユニフォームを身にまとって仲間とフィールドを駆ける彼は、
ひどく楽しそうな、嬉しそうな顔をしている。
彼は――――ヨウイチ・ヒルマは、筋金入りのアメフト馬鹿だった。
ポジションはクリフォードと同じQB。アメフトの話をしている間だけは、普段つれない蛭魔もやたら生き生きと話をしてくれる。
思わずはしゃいで話し込み、「さ、勉強始めんぞ」と言われた時のむなしさといったらない。
一緒のスポーツの話で盛り上がって終わるなど、エレメンタリーを通り越してキンダーだ。
アメフト抜きにして、蛭魔の純粋な笑顔など終ぞ見たことがない。
プレゼントをしてもダメ、イベント事を計画して喜ぶわけもなく、甘い言葉など耳にすら入っていない。
この頃は隙を窺うべく距離をとってみているものの、そんなことも蛭魔の思考には引っ掛かっていないらしい。
どちらが先に相手に落ちるかなど、勝負を仕掛けておいて、自分ばかりが惹かれている。
その状況が腹立たしく――――そして、切なくなったりもしたものだ。
なったりもした、というのは、それがすでに過去の出来事だからだ。クリフォードがセンチメンタルな気分に浸っていたのはほんの
一日余り。それからは勝利という名の両想いを手に入れるべく、手を尽くしている。それが、
クリフォードのクリフォードたる所以だ。
胸を時折よぎる挫折感など、気付かないふり、見ないふりだ。
こうして今日も一日、画面越しに蛭魔を見つめ、帰宅をしてからは訪れる蛭魔のことを考えて過ごしていた。
もうとっくに重症のクリフォードだ。
「よお、糞ガキ、予習はもうすんでるんだろうな」
「予習なんざいるか、てめえ俺を誰だと思ってやがる」
「ケケケ、相変わらずクソ生意気なヤローだな」
にやりと不敵に笑ってみせた蛭魔は、初日の猫かぶり以来、素のままで接してくる。
降ろしていた髪は逆立てているが、色は黒のままだ。クリフォードとしては、高校時代の金髪も気に入っていたので、以前染めていない
理由を聞けば、『こっちじゃ黒髪のほうがなにかと都合がいいだろうが』というにべもない答えが返ってきた。
「おら、さっさと参考書開け、前回の続きからだ」
「なあ、センセー、再来週の月曜俺とデートしろよ」
頬杖をつき、さもつまらないことのように提案すれば、慣れすぎた蛭魔は視線すら寄越さず「暇がねえ」と返す。
「んなわけねーだろーが。とっくにこっちは調べがついてるんだよ。テメー月曜空いてんだろーが」
「糞ガキにかまってる暇がねえんだよ」
しれっと言い返され、半眼になって口をつぐんだクリフォードは盛大に臍を曲げていた。
――――くそっ、ガキ扱いしやがって。
「じゃあ俺がセンセーに会いに行ってやるから家でおとなしく待ってろ」
「馬鹿か」
何を言っても相手にされない悔しさに、ますますクリフォードは臍を曲げ、最終的には、
拗ねた。
「おい、糞ガキ」
「何ですか、ヒルマセンセー」
「テメー俺の話を聞かねえなんざ許されると思ってんのか」
「聞いてます、続けてください」
そっぽを向き、長い脚を持て余すように机に預けたクリフォードは、最早図体のでかいだけの子供だ。
「・・・・・・っチ」
小さく舌打ちをした蛭魔は、持ってきた鞄を拾うとすたすたと広い部屋の出口へと歩いて行く。
「おい、どこいくんだよ」
「帰るんだよ。俺はキンダーのお守に来てるわけじゃねえ」
「な・・・・・・・、おい、待てよ!!」
コンパスの長さを利用して、素早く蛭魔の前に回り込み、その腕を掴む。
「なんだ、真面目に聞く気になったか?」
「テメーこそ俺の話を真面目に聞けよ!!」
苛立ちにまかせて大声を出せば、うるさそうに顔を顰めた蛭魔は盛大に溜息を吐いた。
そのまま掴まれた腕を払い、もといた椅子へと再度腰かける。
「なんで俺がわざわざ再来週の月曜にテメーとデートしなきゃならねえんだよ」
「それは・・・」
惚れてるからだ、俺が。
そう言えば、自分の負けが確定する。それだけは許されない。クリフォードの辞書に「負け」という単語は存在しないのだ。
ふん、と尊大に腕を組んだクリフォードは、常識のように
「バレンタインデーだからだろうが」
と答えた。
一瞬呆気にとられたように口を開いた蛭魔は、肩を震わせ、々に体を丸め、腹の辺りを抑えだした。
「・・・・・?・・・おい、」
「ク・・・・・・ケ・・・・・・・クエ・・・・・・・」
なんだ、アヒルの鳴きまねか、とクリフォードが眉を潜めた途端、蛭魔は盛大に笑いだした。
「ケケケケケ!!」
目の縁に涙が滲むほどの笑いぶりに、今度はクリフォードが呆気にとられる番だった。
「ば・・・バレンタイン・・・・・ケーケケケ!!キングオブジョックスさまはお暇ですネ、ケケケケケ!!」
息も絶え絶えな台詞に、クリフォードの眉が吊り上がる。
「テメー・・・・・・・・」
しかし、蛭魔の方はと言えば、クリフォードの不穏な気配をものともせず、何がつぼにはまったのか、いつまでも笑い続けている。
蛭魔の笑いの発作が治まる頃には、クリフォードはむっつりと黙りこんで机の前に座っていた。
そのまま何事もなかったかのように授業が始まり、結局約束はうやむやになってしまった。
時計の針が三周する頃には、もう蛭魔が帰る時間だ。
いつもどおり、まったく何も通用せずに終わったクリフォードは、仏頂面のまま蛭魔を見送る。
と、コートを羽織った蛭魔が、マフラーを巻きながら声をかけてきた。
「おい、糞ガキ」
「なんだよ」
「俺は使えねえものはいらねえ」
「・・・・・は?」
「月曜、9時に迎えにこい。くだらねえもん寄越しやがったらぶっ殺す」
「・・・・・・!!」
振り向きざま、にやりと笑って出て行った蛭魔の表情は、映像で見た時のようにひどく楽しげだった。
「・・・・・・チクショウ、覚悟しとけよ」
一人になった部屋で呟いたクリフォードはしかし、ここ半年、重要な事実を見落としていた。
ひとつは、蛭魔が家庭教師でせこせこと稼ぐ必要などない―――つまり、目的が金ではないということ。
そしてもうひとつ、
とっくの昔に情報を手に入れた蛭魔が、半年もこの家に通う必要などないということだ。
「―――――早く気付きやがれ、糞ガキ」
寒空の下、小さく呟いた蛭魔の表情は、ひどく柔らかい笑顔だった。
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ぎやあああああ!!!!
なんとなんとー!ゆすらさまより生徒クリフォード×家庭教師ヒル魔さんの続編を頂きました!
季節にぴったりの、バレンタインものです〜☆
見よこのクリフォードのかわゆさ!(笑)
ヒル魔さんが既に中学生クリフォードにメロリンなのも、クリフォードがヒル魔さんを「センセー」と呼ぶのにも、
もう興奮で不整脈が出っ放しです。(末期)
これもうバレンタインデートでヒル魔さんが美味しく頂かれちゃったに$1000!!!
ゆすらさま、本当に、本当にありがとうございますっ!!!!