例えば、出先で突然の雨に見舞われること、待合わせをしているときに限って電車が遅れること、郵便物が配送不備で届かな
いこと、席替えで教卓の真ん前のなること。
これら全てその人の意思や努力ではどうしようもないことで、人はこのようなとき「運が悪い」という。
そして、それが日常的に起こるひとを「付いてないひと」「運が悪いひと」という。
「おい、糞アゴヒゲ。その左腕どうした。」
筋トレ後の個別練習前、カジノのクラップスで負け目であるぞろ目を連発し、対アミノ戦ではバスの乗り間違えに交通違反で
捕まるなど泥門一、運の悪い瀧の腕を見てヒル魔が言った。
「あ。ちょっと赤くなってるね。何かあったの?」
ヒル魔の言葉を聞いて雪光や他の部員が瀧の左腕に注目すると、瀧の左腕には何かにぶつけたような、うっすらと赤いあと
があった。
うっすらとではあったが、元からあったのなら瀧と組んで筋トレをしていた雪光が気付かないわけがない。
それに、ロードワーク中でも筋トレ中でもヒル魔の目の届く範囲で何かがあれば、彼は決して見逃さない。
ヒル魔は厳しく危険な練習を要求する分、そこで起こる異変には敏感だ。
彼は常に部員が打撲や捻挫、体調不良などを隠して、さらに悪化するようなことがないよう注意深く観察している。
意地で練習を続けて、試合で支障をきたすことだけは避けなければならない。
試合であれば、打撲だろうが捻挫だろうが発熱だろうが関係なく出すが。
「アハーハー。大したことないですよ。さっき用具準備のとき倉庫で走り高跳びのスタンドが倒れてきたのでとっさに僕の
逞しい腕で受け止めただけです!」
「それって普通ぶつけたって言うんじゃ・・?」
セナのつぶやきは無駄に腕を掲げてくるくる回っている瀧には聞こえない。
「瀧くんて本当に運悪いんだねー。そういうの嫌になったりしない?」
運が悪いと思うことが続けば、誰でも憂鬱な気分になるものだが、何があろうといつも前向きな瀧に純粋に栗田が尋ねる。
「いやだなんて!ヒーローに悲劇は付き物ですから。
それに、完璧な僕にはこれくらいのハンデが丁度いいんですよ。」
おそらく一生うつ病とは縁がないであろう、どこまでもポジティブ思考な瀧に一同は呆れるものの、その明るさは強さにも
見えて羨ましくもあり、栗田は皮肉でも何でもなく「凄いねー。」と感動している。
「痛みも違和感もねーなら別にいい。
さっさと練習移るぞ。糞アゴヒゲ、てめーは今日こっちからだ。」
言いながらヒル魔は後衛組を連れて場所を移動する。
瀧はラインもパスもこなさなければならにポジションなので、ポジション別の練習は時によって前衛だったり後衛だったり
する。
「ハゲがキャッチ、チビどもが守備でアル中にボール投させろ。アゴヒゲは俺とパス練習だ。」
ヒル魔が指示を出すとそれぞれ練習場所に移る。
「糞アゴヒゲ、もし腫れてきたらシップ貼っとけ。」
少しだけ、先ほどよりも赤みが強くなった腕を指しながら言う。
「大丈夫ですよ!ムッシューヒル魔は心配性ですね!」
「うるせーな。悪化させやがったら撃ち殺すぞ。」
そうならないために、本当に異常がないか確認するために始めにペア練習をすることにしたのだから、心配性というより、
信用をしていないのかもしれない。
運動部に所属していると、痛みを感じないよう、気付かないよう自分をごまかしてしまい、痛みに鈍感になることがある。
きつい練習や本番を乗り越えるためには必要なことだが、時として取り返しのつかないことになる場合もある。
だからこそ、ヒル魔はこういうときは自分の目で確かめることにしていた。
観察力は人一倍優れているので、相手自信が気付いていないことでも見抜ける力を持っている。
一通りパスルートを走らせて、走るのもキャッチするのも特に違和感がないのを確かめると、セナたちと攻撃と守備に2:
2で分かれて練習するために小休憩を込めた水分補給を促した。
「了解です。ムッシュー。セナ君たちにも伝えてきます。」
瀧がセナたちに伝えると、モン太がかごに入れようと投げたボールが瀧の頭に直撃した。
スピードがないのでそれほど危険ではないが、ボール自体が硬いのでそれなりに痛い。
「悪ぃ!大丈夫か!?」
「・・くっ。これしき大丈夫だよ。僕の頭はこれくらいで痛みを感じるほどヤワじゃあないからね!」
前髪を掻き揚げながらまたしてもくるくる回り出した瀧を問題はないと判断したモン太たちは、もう一度謝ってから回り続け
る瀧を放って水分を採りにまもりのもとに向かった。
「てめー、試合でその運の悪さ発揮したらアゴヒゲ全部毟り取ってから撃ち殺すぞ。」
後ろで見ていたヒル魔が呆れながら言うと、
「アハーハー!それは問題ないですよ!
みんな運が悪いって言いますけど、あんなものはただの格好良過ぎる万能な僕にハンデです。
僕は僕を最高のラッキーボーイだと思っていますよ!」
と、親指を立てながら笑顔で振り返った。
誰がどうみても「unlucky boy」な瀧のまさかの「lucky boy」発言にヒル魔は打ち所が悪かったのかと思ったが、そもそも
これ以上悪くなりようがない頭の構造をしていたことを思い出し、いつもの強引なポジティブ思考だろうと判断し、流すこ
とにした。
「どっからその思考が来るのか知らねーが、さっさと水分採りに行くぞ。」
「どこから、だなんて。そんな。
あの時、アメリカでみんなと出会えたこと。いま、こうしてアメフトが出来ること。こんな幸運なことそうそうありません
よ!」
そう思いませんか?
いつもの気取った(本人はそう思っている)笑みではなく、自然な表情で言う。
瀧がそんな表情をすることは稀で、強がりでもおべんちゃらではなく、本心からそう想っていることが分かる。
アメフト馬鹿は嫌いじゃない。
ヒル魔はわずかに口端を上げる。
「そうだな。あそこで糞チビに会ったのはてめーにとって最大幸運だ。アメフト運が良いなら問題はねぇ。」
「えぇ。まぁヒーローは遅れて登場するものなので、デビルバッツにおいて僕の登場は当然と言えば当然だったのかも知れ
ませんが。」
ヒル魔が瀧の言葉を肯定することはほとんどないので、いつも以上に決めポーズに気合を入れながら歩き始める。
ポーズを取りながら歩くという器用なマネをする瀧だが、進みは当然遅く、あっという間にヒル魔に追い越される。
「運命なんざ、所詮必然だ。だが、その運も思い込みもプラスなら力になるのは事実だ。
その他の運を全部回してでも、クリスマスボールが終わるまでその幸運保たせるんだな。」
振り返ったヒル魔は逆光だったにも関わらず、いつも通り強い視線に楽しさと嬉しさを乗せていて、笑っていた。
ヒル魔もまた、自然な笑みを浮かべることは稀で、その笑みをたった一人で至近距離で見た瀧はやはり自分は「a lucky boy」
だと思った。
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せめてあと3年のdinusiさまより頂きました、なんと瀧ヒルです!(大興奮)
以前ね、拙宅でもブログの小話で瀧ヒルやってみたのですが、いやはや頂いた瀧ヒルのあまりの秀逸さに吃驚小躍りです!
バカ100%なのに(だから?)無意識に殺し文句を吐いてしまう瀧(バカ)×油断しているつもりは無いのにその台詞に
胸キュンしちゃうヒル魔さん。(←説明が長い)
まさに瀧ヒルの理想です。dinusiさまありがとうございます!