クリーム色のカーテンから差し込む朝日がじりじりと肌を刺すようで、ヒル魔は重たい目蓋を持ち上げた。
3月のサウスベンドは日本よりも少し寒い。布団からはみ出した肩が冷たく、だが覗く日差しに焦げるようで、
ヒル魔はもぞもぞとベッドに潜り込んだ。
体は泥のように重…ければよかったのだが、どうやら調子は良いらしい。昨夜意識が飛ぶほどの快感を何度も与えられた体は、
相手が己の体を気遣ったためか、腐っても鍛えている己の体のためか、腰がだるくその部分が少しヒリヒリする以外は、
むしろ血流がよくなりいつもよりも軽いぐらいだった。
機上の長旅のあと、睡眠も充分に取れていないにもかかわらず、だ。そんな現状を満更でもないと思っている自分に苛立ち、
ヒル魔は小さく糞、と呟いた。
「…朝っぱらから随分だな、サニー。」
起きていたのか今起きたのか、すぐ隣のぬくもりが動いた。腰をぐっと引かれ、圧し掛かるように覗き込まれて、
低く掠れた声でモーニン、と唇に囁かれる。
「気分はどうだ?」
「…おかげ様でヨロシイですヨ。」
調子が良いと言いながらも憮然とした様子のヒル魔に、クリフォードはクスリと笑って、唇を合わせた。
柔らかく触れ、啄み、食むように口付けていれば、ヒル魔も徐々に応え始めた。舌を絡め、吸い上げて、時に歯を立てて。
より深く交わろうとしてクリフォードの鼻が遮るように当たったのを見て、ヒル魔が堪らず吹き出した。
「ケケケ、自分の鼻に邪魔されるたー思わぬ伏兵デスネ、クリフォードセンセー。」
さすがセンセーのトガリ鼻は違う、そう言ってクリフォードの鼻を摘んでケラケラ笑った。クリフォードは一瞬口を歪めたが、
ヒル魔が楽しそうなのでまぁいいかと苦笑した。
「サニー、お前、今日大学に来い。」
クリフォードが鼻をつままれたままの篭った声で言う。ヒル魔はまだ楽しそうだ。
「あ?大学にって、テメー授業だろうが。」
「あぁ、お前も出ろ。空き時間には俺が直々にキャンパスツアーしてやるよ。」
ヒル魔は切れ長の瞳を大きく瞬いた。何か裏があるのか、と思わないでもなかったが、かのノートルダム大だ、
好奇心のほうが勝って、ヒル魔はニヤリと了承の意を伝えた。
「つっても授業は10時からだから、あと2時間はメイク・ラヴできるな、サニー。」
ヒル魔が危機を察して逃げるより早く、息が止まりそうなほど強く抱きしめられた。
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颯爽と風を切って走るマクラーレンロードスターのダッシュボードにだらしなく足をかけ、
ドアから伸ばした右手にコーヒーを持ったまま、ヒル魔はサンドイッチに噛み付いた。天気は快晴。
立てた金髪が風に揺れるのが心地良い。
「…そうして王子様は、無事元の野獣の姿に戻ったのでした。めでたしめでたし。」
あれから結局散々攻め立てられ、チュンチュンと鳥たちが鳴く朝の爽やかな空気の中、気絶させられたのだ。
クリフォードは、ヒル魔が思っているアメリカ人男性のイメージとはかけ離れて、ねちっこい。もっと自分本位に
ガンガンやるのがメリケンだと思っていたのだが、クリフォードはヒル魔の良いところばかりを執拗に狙うのだ。
おかげでドライを覚えるのも早かった。その癖クリフォードの体力は底なしなので、いつも決まってヒル魔が落ちる。
まったくなんて体にしてくれたんだ、とヒル魔は思う。
起きてから急いで準備をするも、シャワーを浴びて服を着て髪をセットして、なんだかんだと遅刻ぎりぎりになり朝食は
カフェのドライヴスルー。まったく、ハッタリだろうが王子なら少しは紳士的に振舞いやがれ、とヒル魔は美女と野獣の話を
引き合いに出してクリフォードを責め続けている。
「じゃあテメェはプリンセス・ベルだな、サニー。」
「…そーいえば元ネタは野獣のときのほうが紳士的だったよな。じゃあ体が王子に戻った途端中身は野獣になるってことか。」
「王子だろうが野獣だろうが中身は獣、っつー話だろ。」
「ぜってー違ぇよ、糞!」
しかし当のクリフォードはそんな小言すら心地良いのかひどく上機嫌で、サングラスの下の口元はひどく締まりない。
それは普段の彼を知るごく親しい者にしか分からないほどのものだったが。
左手でハンドルを切りながら、右手でヒル魔の左手をサンドイッチごと攫い、そのまま自身の口まで持って行く。
そしてソースがつくのもかまわず、大きく一口食した。口の周りにベタベタとついたソースを、豪快に手の甲で拭う。
緩く立てられた金の髪に、太い首、逞しい体躯に、広く胸元の開いたシャツ、ラフなブラックジーンズの上からでも分かる、
4.2秒の足。ジン――と不意に体の奥が痺れるような感覚が蘇る。それを隠すように、ケケケお里が知れるぜ王子様、
とヒル魔が笑った。
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「おいワット、あれ、ヒル魔じゃねぇ?」
「え、ヒル魔って、ニッポンの?」
11:30を回ったこの時間、ダイニングホールはたくさんの学生たちで賑わっていた。そんな中、
一際目立つ髭の巨体とそばかす眼鏡の二人組。
「ヘイ、ヒルマーっ!!」
どでかい呼び声に皆食事の手を止め声の元を注視する。空いている席を探していたヒル魔も、呼ばれた聞き覚えの
ありすぎる名に声の方を向いた。
「あ?…んだ、糞補欠と糞日本オタクじゃねーか。」
「何やってんだよこんなトコで!?こっちきて座れよ!」
見れば、長テーブルの端、向かい合って座る彼らの隣りに2人分席が空いていた。
「おーじゃあ遠慮なく。」
クチャクチャと無糖ガムを噛みながら、ホーマーの隣りに腰を下ろす。
「ヒル魔、お久しゅうござる!」
「ケーケケケケ!糞チビたちが言ってた通りだナァ、インチキ日本オタク。そりゃ江戸時代の糞武士の言葉だ。」
「え、『ござる』って丁寧語じゃないの?」
「大昔のな。」
そうなんだ、知らなかった、とワットが驚く。
「つーかテメェマジなんでここにいんだよ?!大学は?」
「ニッポンの大学は今春休み中デシテ。」
「偵察に来たの?でもこっちも今はオフでロクに練習無いけど?」
この冬のライスボウルを制した最京大学は、王手スポーツメーカーの特別企画で夏にノートルダム大との試合を予定していた。
「まァそれもあるが。あー、強いて言えば観光?」
その時、3人から少し離れたところで俄かに黄色い声が上がる。二人分の食事をトレーに乗せたクリフォードが悠然と
こちらに歩いてきていた。ワットがそれに気づいて手を上げる。
「ヘイクリフォード、日本のヒル魔が来てるよ!」
「あぁ、知ってる。俺の家に居るからな。」
オイそこどけ、とクリフォードは無理矢理ホーマーの巨体を立たせて、ヒル魔の隣に腰掛けた。ホーマーは、
なんだよワットの隣が空いてんだろ、とぶつぶつ言いながらも、少し不機嫌そうなクリフォードを見て、大人しく自分が
ワットの隣に座った。
「で、クリフォードの家に居るって?」
「あぁ、大学を案内してやろうと思って連れてきた。」
ピザにかぶりつきながら、さりげなくヒル魔の肩に手をかける。
「案内って…まぁ確かに一人で来ても馬鹿でかくて何がなんだかわかんねーしな。でもお前クラスあるだろ。
その間ヒル魔は何やってたんだよ?」
「俺もクラス出たぜ?」
「マジかよ?!」
「え、本当に?」
ヒル魔も、クリフォードが買ってきたホットドックに、マスタードをこれでもかというほどかけて食べ始める。
「おー。クリフォード先生が『日本から友達が来てるから授業を見学させてくれ』って頼んでクダサッテなァ。
ナカナカ面白ぇな。」
「面白かったって…ついていけたのかよ?何のクラスだ?」
ただでさえノートルダム大は難関校で、中でもクリフォードが専攻するビジネスカレッジは全米トップクラスだ。
いくらクリフォードがまだ2年生であるとはいえ、到底フラッと遊びに来た日本人がついていけるとは思えない。
「アームストロング教授のグローバル・ビジネス・ポリティクス。ついてくるもなにも、それはもう楽しそうに教授と
意見を交わしてたぜ。」
そう、それがクリフォードの不機嫌の原因でもある。デートのつもりで連れてきたというのに、教室に入るや否や、
クリフォードが取り出したテキストを奪いすごい勢いで読み始め、紙のサイズも厚さもアメリカンなそれを数分とかからず
読破していた。その後も、日本の大学とは違い、
教授と学生入り乱れてのディスカッションやディベートを元に進められる授業が面白かったのか、ヒル魔は自分を
差し置いて議論に熱中。むしろ他のアメリカ人学生や留学生よりも積極的に発言し、気がつけばクラスの中心にヒル魔が居た。
釣られて…というか同レベルで議論を進められる人間が他に居なかったせいもあるのだが…いつもはピンポイントでしか
発言しないクリフォードも、たくさん喋ってしまった。教授はヒル魔の聡明さと歯に衣着せぬ物言いにえらく感動したらしく、
君は今すぐにでもうちに編入するべきだよ、と何度も言っていた。その度にヒル魔はその気はねーよケケケ、と笑っていたが。
クリフォードは、2年前、ヒル魔をノートルダム大に誘ったときのことを思い出して、眉間にしわを寄せた。
あの時も、アメリカじゃ俺は試合に出れねぇ、出たとしてもすぐぶっ壊れて終いだ、と断られた。
口の奥に苦味が広がった気がして、クリフォードはヒル魔の腰に手を回した。ヒル魔はクリフォードの不機嫌の原因を
分かっているのか、ケケケとクリフォードの高い鼻を摘んだ。それでもムスッとしたまま口をもぐもぐと動かすクリフォードに、
やがてヒル魔は腹を抱えて笑い出した。
その様子を向かいでバッチリ見ていたワットとホーマーは、視線を交わして肩を竦める。どうやら我がチームの
正QB様は自分の恋人を自慢して歩きたかっただけらしい。だがいざ恋人に注目が集まると、見るな、減る、とばかりに
不機嫌になってしまったらしい。
「今日はあと何クラスなんだよ?」
これ以上当てられてたまるか、とばかりにホーマーが話を振った。
「2クラス。ジャパニーズ・カルチャーとファイナンシャル・アカウンティング。」
ジャパニーズ・カルチャーか、そりゃまたヒル魔がモテモテだろうな、とホーマーは思う。何しろ日本人留学生は少ないし、
彼らがわざわざそのクラスを取っているとは思えない。ヒル魔が教授にあれこれと質問攻めに合う光景が容易に想像できて、
またワットと見合って肩を竦めた。まぁ、ヒル魔が日本人の例として適当だとは思わないが。
「そーいえばまだMr.ドン大統領と糞ゴボウに会ってねェな。クラス被ってねぇの?」
「ドンとはカレッジ自体が違うし、タタンカはまだ1年だから取れるクラスが限られてんだよ。」
「ふーん。練習は?」
「今日はねぇよ。やりたい奴だけ自主練。…ま、テメェもせっかく来て手ぶらで帰るのもなんだ、ショップにでも行くか。
ファイティング・アイリッシュ背番号1のジャージでも買ってやるよ。」
「いらねーよ!糞敵チームの司令塔のなんざ着るか!」
「じゃあチアのユニフォー」
「死ね!」
ヒル魔がどこから取り出したのかコンバットマグナムをクリフォードの米神につきつける。
向かいでホーマーとワットがうお、ちょっ、待て、とビビッて後ずさった。が、クリフォードはニヤリと笑い、
拳銃ごとヒル魔の手を握った。
いつの間にか機嫌の直っているクリフォードに、クリフォードのツボってわかんねぇよな、とホーマーとワットは囁き合い、
ちょうどハンバーグ・スパゲティも食べ終わったので退散することにした。もうちょっと色々日本のこと
教えてもらいたかったのに、とワットは名残惜しそうだ。
「じゃあヒル魔、また試合でな!」
「おー、派手にぶっ殺すからその糞汚ぇ首洗って待っとけ。」
「じゃあまたね。大聖堂と図書館はかなりおススメだよ!『達者で!』」
「ケケケそれも古語だよ糞日本オタク。じゃーな。」
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二人が去っても未だヒル魔の手を離さないクリフォードに、センセーは情熱的デスネ、とヒル魔が揶揄う。
そのとき、ヒル魔の高性能の耳がカシャ、という小さな音を拾った。
「…オイ、写真撮られてんぞ。」
二人の周囲から、そして更に少し離れたところからもシャッター音が聞こえている。おそらく近くのシャッター音は
クリフォードファンの女生徒たち、そして遠くのものはパパラッチによるものだろう。まだプロではなくカレッジ・
フットボールだというのに熱心なことだ。それくらい、クリフォードの人気は尋常ではない。
「いーんだよ、撮らせてんだから。」
「んだそれ。」
「良いからテメーこっち来い。」
ようやく手を離したと思ったら、今度は肩にぐるっと腕を回され、クリフォードの肩に寄りかからされた。
あーカシャカシャカシャカシャうるせぇな、と思いながらも、これはこれでハッタリになるかもな、と思い、
ヒル魔もクリフォードの背中に腕を回した。
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ホーマー&ワット友情出演。
NASAはアメフト強豪校で学力も高いし、結構ノートルダムに行く奴も多いかなーと思って。
ヒル魔さんが二人をなんて呼ぶのか分からなかったので適当に。(呼んでるシーンあったっけ?)
あ、最京大vsノートルダム大は勿論センセーとサニーの企みです。
もう色々ぐだぐだでごめんなさい。色々捏造してごめんなさい。
タイトルのPDAは人前でイチャイチャすることです。