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2010.4.2-2011.3.20 web clap
暁闇
 朝と夜の隙間、静かな覚醒。無理に目蓋を合わせるが眠りは戻らず、阿含は仕方なく、闇色に染まった白い天井を凝視した。音は無かった。深い安穏な呼吸音以外には。その呼吸音は、阿含の左から聞こえていた。

 「…ンドレッド……。」
 左肩に触れる温もりが震える気配がした。聞き取れるか聞き取れないかという程の小さな声。詰まったようなそれは酷く掠れ、夜明け前の闇に消え入るようであった。首を捻り左に向けば、青白く浮かぶ頬に光る筋が見えた。細い肩がビクリと震え、手が動く。しかし縋るように伸ばされたそれは布団に遮られ、阿含に届く事は無かった。
 夢を見ているのか、泣く程の悪夢を。手を伸ばし、縋るように阿含を呼ぶ程の。
 「……おいカス、」
 起きろ、と続けようとして、唐突に悟る。
 ヒル魔の悪夢は、自分だ、と。

 二年前の別離。己の放った一言。じっと動かず、黙した背中。あの時、ヒル魔の心が血を吐き悲鳴を上げるのを、確かに感じた。自分の放った一言が、抜けない毒矢のようにヒル魔の心臓に突き刺さったまま、やがてその生を吸い切る迄支配する事に、暗く甘い悦びを覚えた。
 そして、その傷を癒せるのは阿含だけであると、錯覚させたかったのだ。行くな、テメェじゃなきゃダメだ、と泣き喚いて欲しかったのだ。そうすれば、しょうがねーな、と言って、阿含はヒル魔を腕の中に閉じ込められた。しかし、ヒル魔はそうしなかった。崇高なまでの矜持がそれを許さなかったのだ。黙ったまま二度と自分を追っては来なかったヒル魔に、少しの失望と、安堵を覚えた。ここで追い縋る程の者ならば、阿含がこんなにも執着する事は無いのだ。
 しかし、暗い悦びや安堵を覚えるその心で、同時に血を吐き悲鳴を上げている。二年経った今も尚、阿含の腕の中ですら過去の亡霊に取り憑かれ苦しみ続けるヒル魔に、阿含自身の心も、血を流しているのだ。ヒル魔を傷つけたのは、自分自身を傷つけたかったからか。世界を憎悪し破壊しながら、自分の中の一番大切な柔らかな温度を、切り刻んでいただけだ。
 ドMか、俺は。
 無数の矛盾する感情が、一瞬の内に雪崩れ込んで来て、阿含は「面倒クセェ。」と、柔らかな温度を掻き抱いた。


 今この瞬間、お前が俺だけのモノである、その事実があればいい。










一年近くも拍手お礼に曝していた四代目拍手文でした。(長ぇーよ)
なんとなく「夜檻」の続き。とめどなく両思いなアヒル。相変わらず意味不明でごめんなさい。
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