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天翔龍
2010.5.31 uploaded
※ 完全ご都合主義のパラレルストーリーです。神道も仏教もヒンドゥーも全く関係ありません。
 どちらかというと土着の信仰に近いです。
※ 無理矢理原作に乗っ取ろうとしているので、神様なのにお寺に祭られていたり、社っつってるのに寺の境内にあったり します。
 ただそういう名称の建物なんだな、ぐらいに思っていただければと思います。
第壱話『雨』
 もう何日も、雨ばかり降っていた。雨期を外したこの時期に、毎日、毎日。初めは音も無く肌を撫でる様であった雨は、 日に日にその強さを増し、地を、山を、寺のこけら葺きの屋根を、そして今や、漸く半ば程迄育った作物を殴りつける程になっ ていた。村人達は皆、
 「龍神さまの啼く声だ。」
 と口々に言った。季節外れの雨、降り止まない雨、徐々に激しさを増す雨。それらは全て、龍神が片割れを求め嘆き苦しむ 声に呼び起こされる物だとされていた。
 妖一は雨に濡れるのも構わず、濡縁から細く白い足をだらしなく伸ばした。与えられた課題は全てこなしてしまった。今は ただ、透いた障子の向こう、乳兄弟の良寛が龍経を写し終えるのを退屈に待つばかりだ。そして泣き止むことの無い空を見、 龍経の初節を謡い始めた。

我は龍、龍が一。我は龍、ナァガの号。
汝は人、人の一。汝は人、麻黄の号。
我は龍、天地の一。汝は人、天地の一。
望みは何か、人の子よ。我の望みは己が神子。
神子は我、我は神子。
神子の言は我の言。
我が社に神子を置け。

 麻黄村は、古くより龍神信仰の強い土地であった。村は周りを険しく深い山々に囲まれた谷に位置し、村の中央を黒美嵯川 が走り、川から外れた村の端に龍ヶ沼と呼ばれる大きな水溜りがあった。龍ヶ沼の底には龍神が棲むと言われ、その龍神の 加護のお陰で、村には優しく涼しげな風が吹き、作物が実るとされていた。
 麻黄の祖先は、この地に住み着くに辺り、土地を加護していた龍神と契約を結んだのだという。契約は簡単。この地を守り、 豊穣な実りを約束する代わりに、人間達は恒に自然と龍を畏敬する事、そして龍神の言葉を人々に伝える為の神子を差し出す 事が求められた。

 「いつ聞いても、綺麗な唄だよねぇ〜。」
 写経をしていた筈の良寛が、その手を休めのほほんと部屋の奥から呟いた。
 「…どこがだ、糞デブ。ただ取引の条件列挙しただけじゃねぇか。」
 妖一は膝丈の白い水干が雨を吸って重くなる様を見ながら、やはりぼんやり返した。
 「そ、そんなことないよ〜。僕はねぇ、最後の節の、『貴方が逝くなら我も行く』っていうくだりが好きだよ〜。」
 「バカか。ナンデ神子が死ぬから龍神も死ぬんだよ。意味ワカンネー。」
 妖一は切れ長の大きな瞳を吊り上げ、黒い瞳で良寛を睨み付けた。
 「だ、だって、嫌だったんだと思うよ。」
 良寛は妖一の何倍もある巨漢の癖に、妖一の一睨みに縮み上がって震えた。
 「何がだよ。神子が死ぬのがか?そんなんしょーがねーだろ。人間は神じゃねぇ。いつかは死ぬ。」
 「そ、そうじゃなくてさ…だからさ、神子さまが死んだ後、その神子さまじゃない他の人が神子さまになるのが、 嫌だったんじゃない?怖かったんだよ、きっと。神子さまじゃない誰かを好きになっちゃうかもしれない、って。」
 妖一にとって、人生の殆どを共に過ごして来た良寛は、けれど時たま理解の範疇を超える事を言うのだった。ちょうど、 今のように。妖一には、そもそも何かを好きになると言う感覚がよく分からない。良寛や、空海の事は大事だと思う。生ま れてすぐに、龍神の社に捨て置かれた自分を拾い、実子である良寛と分け隔てなく育てた空海。馬鹿で体ばかり大きいけれ ども、無垢で無邪気な良寛。彼らを、とても大事に思っていると思う。けれど、例えば良寛が死んだとして、間違っても自分 はその後を追おうなどとは思わないであろうし、良寛以外の人間を大事に思いたくないなど、何故そのような発想が出てくる のかが分からない。妖一は、偶に吹き込む雨で濡れていく黒い髪を、訳も無く弄った。

 麻黄の祖先と龍神が初めて契約を交わしてから、龍神は人と同じ時間を刻むようになったという。それは初代の龍神が、 初代の神子を慕った事に起因すると言われる。神は無限の時に生きる。人の寿命に比べ、それは想像もつかないほど厖大だ。 しかし初代龍神は、己の無限の生の内の瞬く間にも満たない、神子と共に過ごす時を、愛しんだ。神子に、自分は貴方を置い て早くに逝ってしまう、だからせめて貴方を愛し愛された証である子が欲しい、と望まれるまま、神子との間に子を儲けた。 龍神は大層我が子を慈しんだが、神子が身罷る時、己も命を絶つ事を選んだ。神子の無い時など、生きたくは無い、と。有し た神力を全て、子に託して。神であった龍神は、神力を持つただの龍に成り果てたのだ。
 以来、神子の命が尽きる際には龍神の代替わりの儀が行われるようになった。龍神は、己の神力を次代の龍神となる子に 移し、寿命を迎えた神子と共にこの世を去る。そして代替わりを終えた新しい龍神の為、村からは新しい神子が選ばれた。 そしてまた彼等は子を生し、寿命を迎えると子が次代の龍神として立った。そうして異類婚を繰り返す内、徐々に神の血が薄 まり、人の血が濃くなった龍神は、今では人の寿命と然程変わらないらしい。
 そういった龍神と神子、そして麻黄の民との間の一連のやり取りが書かれた物が龍経と呼ばれる経で、ここ神龍寺に代々伝 わる物であった。良寛と妖一が、幼い頃より数え切れぬ程謡い、書き写してきた書物だ。龍神信仰は麻黄全土に深く根付いて いるが、龍神を祭る社を持つのはここ神龍寺のみ。また神子を選定、奉納し、龍神との婚姻を結ぶ一連の儀式も、神龍寺住職 だけに受け継がれ、他のどの民もそれを知ることは出来なかった。

 「妖一。」
 激しい雨音を破るように名を呼んだのは、現神龍寺住職の空海だった。いつもと変わらぬ難しい顔をして、息子の良寛より 更に一回りはある厳つい巨漢を音も立てずに運ばせていた。未だ写経の課題が終わらない良寛は、小さい悲鳴を上げて再び筆 を執った。
 「なんだ?」
 妖一は濡れた前髪を弄びながら、視線だけで用件を促した。
 「話がある。ついて来なさい。」
 妖一は何も言わず、白く細い体を濡縁から上げ、黒光りする廊下を濡れた裸足のままひたひたと歩いた。妖一の歩んだ後 には、小さな水溜りが幾つも出来ていた。


********************


 「そこに座りなさい。」
 通されたのは、龍神の社、御神体の龍鏡を祭る本堂だった。妖一はやはり無言で、面白くなさそうに下座に胡坐をかいた。 空海は上座に座しているものの、きちんとした正座で、妖一のその無作法を咎めるでもなく、「知っていると思うが」と、い きなり用件を切り出した。
 「先代の神子様が身罷って、もう十四年になる。」
 妖一は目を眇めた。空海に拾われてこの方、良寛と共に耳に胼胝が出来る程聞かされて来た話だ。妖一は言葉にして不服は 訴えなかったが、面白い話ではなさそうだと、溜息を吐いて見せた。
 「先代の龍神様はすぐに代替わりの儀をなさり、神子様の後を追った。そして当代の龍神様には、未だ神子様が居られない。」
 知っている。だからこそ、この十四年の間、旱魃に嵐に水害、まともに作物が収穫できた年など無きに等しかった。旱魃は 龍神の怒りを、嵐は悲しみを表すとされた。そして今、季節外れの徐々に激しさを増す降り止まない雨は、神子を求め嘆き苦 しむ龍神の啼き声だ。しかし妖一には納得出来なかった。何故、神子が差し出されなかったぐらいで、そんなにも感情が起伏 するのか。会った事も無い人間を思って。それに、神子が居ない間は、毎年代わりに作物や家畜が奉納されるのだ。物だろう が人だろうが、御供には変わり無いだろうに。何をそこまで嘆くのか。
 「いいか、これから話す事は全て、今まで教えて来なかった、お前にしか言わない事だ。心して聞きなさい。」
 そう言って空海は、痛みを堪えるような表情で、居住まいを正した。
 「……当代の神子は、お前なんだ、妖一。」
 打ち付ける雨音に、龍の咆哮が確かに聞こえた。












色々ごめんなさい。やらかしてしまってごめんなさい。激痛でごめんなさい。
間に合わなくて続いてしまってごめんなさい。何より阿含が出てきてなくてごめんなさい。
妖一は捨て子なので氏はありません。
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