延長戦終了を告げる笛の音が長く、長く鳴り響いた。安堵の溜息、悔恨の呻き、鼻水を啜る音にそれらを覆い隠す程の大
歓声。阿含はただ荒く息を吐きながらグラウンドに座り込んだ。重力に引かれるまま、仰向けに寝転ぶ。広い空はただ遠く
、流れる雲は何処とも分からない終着点を目指し急ぎ足で駆けて行く。日本、アメリカ両チームの選手達、スタッフ、数万
人の大観衆とマスメディア。どれもこれも現実感がまるで無く、サングラスの黒を通して見る世界はモノクロの無声映画の
ようだ。
世界はモノクロだった。酒、セックス、暴力。常に感覚が焼き切れる程の刺激を求め続けたのは、生きていると感じたか
っただけかもしれない。数年前まで色鮮やかであった世界は、たった一つのピースが欠けてから阿含を無声映画に閉じ込め
たままだ。欠けたピース。いつでもただ傍に在ったその欠片の正体を、もうずっと前から知っていた。認めようとしなかっ
ただけだ。その余りに小さく取るに足らない破片が、自分にとって必要なものであると。
黒のフィルターがかかった世界に、風に揺れる逆立った金髪が映った。口端だけを上げた邪悪な笑み。矛盾するように、
細く形の良い眉、切れ長の瞳は優しく細められている。羽毛ベッドより芝のベッドがお好みとはな、テメーがこれしきでく
たばるタマか、糞ドレッド。いや、今は糞坊主か、ケケケ。そう言って笑う。
そうだ、いつも世界は鮮やかだった。何を言っても、何をしても、隣で笑っていた。兄や両親が怒り心頭で叱り付けるよ
うなことも、ケケケ、おもしれー、ケケケ、とただ笑い飛ばした。阿含の脈絡の無い行動に理由を求めず、脅えるでもなく。
面白い、とか、心地いいとか、唾を吐き捨てたくなるようなままごと。
ガキの癇癪だ、と思う。自分にとってのヒル魔が、ヒル魔にとっての自分と釣り合っていなかった。そう思い込んだ。無
駄な時間を過ごした。神速のインパルスもいつかは死ぬ。こうして過ぎていく一秒一秒は、死へのカウントダウンでしかな
い。二年。二年も。モノクロの無声映画の中でなど、生きていると言えるのだろうか。
左手を悪魔に伸ばした。起こせと催促するように。一瞬不気味なものを見たという風に引いたヒル魔は、けれどケケケ気
持ちワリー、と、同じように左手を伸ばした。あと少しで手が届くというところで、阿含が左手をぐんと伸ばし、ヒル魔の
肘近くを掴み強く引いた。ヒル魔が体勢を崩し、阿含の胸に顔から倒れる。重みが掛かり、金髪が阿含の喉に触れると、阿
含は満足そうにニヤリと笑った。カス、テメー軽すぎ。うるせー糞ハゲゴリラ。テメーは、ずっとここに居りゃいーんだよ
。ヒル魔はまたケケケと笑い、阿含の胸に腕を立て身を起こした。糞ドレッド、一緒に暮らすか?ぁあ゛?一緒に暮らすか
、っつったんだ。ま、神龍寺卒業してからの話だがな。おいカス、待て
ヒル魔は阿含の言葉を待たず立ち去った。日本チームを背負う、背番号1。あの細い身体で、何もかもを受け止め、自分の
持つ全てで頂点へと登って行く。ただ一人だった。何にも嘆かず、阿含との間に線引きをしなかった。阿含は違う、阿含だ
から、阿含は特別、阿含は天才、阿含は神の子。言葉などどうとでも取り繕えるが、つまりは阿含を弾いていただけだ、そ
れぞれの世界から。
一緒に暮らすか?
それはおそらく、二年前のあの時から、奴の世界も色を失っていたのかもしれないと、そう都合よく解釈することにした
。そして仏のように寛大な悪魔は、阿含の過ちを許すのだ。謝罪の言葉など一つも無くとも。もうずっと前から、悪魔は
阿含の何歩も先を歩いていて、ただ待っていた。阿含が再び隣に並ぶのを。阿含は立ち上がり、整列していた悪魔の隣に並
んだ。
もう二度と。
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三代目拍手文でした。
雰囲気重視で書いたら分かり辛さMAXになっちまいました。すみません。
この様子は云万人の大観衆+テレビ放送を見ていた視聴者+雲子ちゃんがバッチリ見ていましたとさ。
これがうちのアヒルのデフォルト→包容ヒル魔&甘えん坊阿含です。