もうどれだけ彷徨っただろう、日が傾き黄昏た世界でヒルマは再び、目に付いた太い木に石傷をつけた。
湿った土の上に絨毯の様に敷き詰められた落ち葉、折れた枝や小石は薄い靴底を通して、
ヒルマのまだ柔らかい足裏を傷つけていた。
目的を失い歩き続けた足は正しく棒のようで、既に歩いている、と云う感覚もなく、
右手をクリフォードに引かれていなければとうの昔に蹲っていただろう。
辺りは徐々に朱から群青に変わりつつあった。
「…オイ、糞兄貴、テメェ方向分かってんのか?闇雲に歩いたって意味ねぇだろ。
もう日も暮れる。元の場所に戻る方が懸命だと思いマスが?」
先を行くクリフォードは立ち止まり、振り返ることなく、ヒルマを掴む左手により一層力を込めた。
「…どこに戻るって?」
「どこって、糞ババァとはぐれた場所だよ。俺が木につけた目印を辿ってけばすぐに帰れる。」
「ハッ!」
何が可笑しいのか、クリフォードは朱と群青の混じった天を仰ぎ一笑に付した。
そして漸く、クリフォードはヒルマに向き直った。ヒルマの手を痛い程に握り締めたまま。
「帰る?帰るだって?俺たちに帰る場所なんてあるわけねぇだろ。」
そう吐き捨てたクリフォードの瞳に、深い悲しみと、ギラギラと光る歓喜が覗いて、ヒルマは慄いた。
「サニー、テメェも分かってんだろ?俺たちは、アイツとはぐれたわけじゃねぇ。
…深い森の中に年端もいかねぇガキを二匹も残して、母親が離れるわけねぇだろ?
それに、俺が家に戻る道を知らなかったとでも思ってんのか?本気で迷っていると?」
ヒルマは尋常ではない兄の様子に、合わない歯の根を押さえ込んで唇を引き結んだ。
気付かなかった訳ではない。不自然な母の様子。朝別れ際に涙を堪えた父の顔。
見ない振りを、気付かない振りをしていただけだ。
自分達は、捨てられたのだ。実の両親に。食い扶持を減らす為に。
絶望に離しそうになった右手を、クリフォードはより強く握り締め、ヒルマの細く小さい身体を抱き寄せた。
「サニー、よく聞け。この森の真ん中に、魔女が住み着いているらしい。
俺ら二人で夜を越すのは無理だ。魔女がどんな悪党だか知らねぇが、
今はとにかく、そこを目指す。」
クリフォードの高い体温を体全体で感じて、ヒルマは堪え切れず涙を零した。
それを宥めるように、クリフォードがヒルマの髪を梳き、米神に柔らかなキスを与えた。
「…ヒルマ、テメェは悲しいかも知れないが、俺は正直、清々してる。
もう誰に憚ることもねぇ。俺とお前が、兄弟でいる必要もねぇ。
…ヒルマ、好きだ。ずっとずっと、好きだった…。」
「兄貴…。」
「言っただろ、もう兄弟でもなんでもない。兄貴じゃねーだろ?」
「……クリ、フォード?」
「ヒルマ…!」
「…クリフォード、クリフォード、クリフォー…っ!」
悲しみも涙も絶望も、全てを奪うように、クリフォードがヒルマに口付けた。
ヒルマは泣きながら、クリフォードの未だ幼さの残る身体にしがみつき、それに応えた。
苦しい、苦しい。涙は止まらなかった。
しかし、それが実の両親に見殺しにされたという悲嘆から来るものなのか、
もう兄弟なのだからと自分を殺すことも無く、思うままにクリフォードを愛せるという歓喜からくるものなのか、
ヒルマには分からなかった。
幼い身体は貪るような接吻の熱に震え、痛みと疲れに感覚を無くした足にも、徐々に神経が戻るようだった。
幾年もの積み重ねた恋慕を補うような長い口付けを終えた後、二人の間に細い透明な線が引いた。
「…ヒルマ、生きるぞ、何があっても。魔女だろうが狼だろうが、お前だけは、俺が守る。」
「バカにすんじゃねー。テメェの身ぐらいテメェで守れる。それより、約束しろ。」
「あ?」
「絶対に、俺を離すんじゃねーぞ。」
微笑むクリフォードの瞳に、最早悲しみは無かった。
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童話妄想シリーズ、クリフォヒルdeヘンゼルとグレーテルです。
ヘンゼルとグレーテルは、実の兄弟(まぁ原作は兄妹ですが)&ショタという美味しい設定がてんこ盛りであるにも関わらず、
らんたの可哀想な腐れ脳ではそれらのアドバンテージを余り生かせていませんでした。残念。
まだ十歳前後のつもりで書いていたので、ヒル魔さんがいつもよりずっと幼いです。(当社比)
続きは書きませんでしたが、一応魔女はまもりちゃんで、クリフォード等と同じように森に捨てられた子供達を面倒見ている
優しくておせっかいなお姉さん設定でした。
クリフォードとヒルマが魔女っ子まもちゃんの家に辿り着くと、そこは既にセナ、鈴音、モン太、陸等が居て
(皆捨てられた子供達)、わいわいガヤガヤ魔法学校状態、という、とんでも設定なハッピーエンド。
ちなみに時々魔女の家に食料を運んできてくれる優しい猟師さんがムサシです。
こんなギリギリ感満載のパロでしたが、たくさん反応いただけて嬉しかったです!ありがとうございます!
2010/4/5日記より。