「…ここか。」
「そーみてーだな。」
「………妙だな。」
高く連なる岩山の奥深く。
ここが北の大地の真ん中に位置することや、標高が極めて高いことなどを考慮しても、異様な気候だ。
不気味なほど、安らかで心地がいい風。
岩肌を這うように穏やかに雲が流れ、乾いているでもなく、湿っているでもなく。
山岳地帯にありがちな唐突な天気の変化もない。
この地域の龍は所謂フリーザードラゴンと呼ばれる種で、数メートルの高さにも達する雪と氷に覆われた洞窟などに生息する
のが普通だ。
しかし見渡す限り雪もなければ氷もない。
ましてやローブやマントを一枚羽織っただけの格好でも身体は寒さに悲鳴を上げたりはしない。
つまり温暖なのだ、気候が。
「…とにかく入るか。」
「待て、クリフォード。」
白いマントを纏った剣士を、黒いローブを纏った魔導師が制した。
「結界だ。」
「結界?」
魔導師はケケケとさも面白そうに笑った。
「道理で糞ハンター共が帰って来ねえワケだ。外からは入れても内からは出らねえようになってる。とっくの昔にドラゴンに
食われたか、運よく逃げ延びても餓死だな。」
北の大地、神の山ナーガ。
そこに2年ほど前から居着いたドラゴン。
雪も氷もない温暖な気候。
帰って来ないモンスターハンター達。
ちぐはぐだったピースが、ここへ来て大まかな繋がりを見せる。
「あの糞坊主、やっぱ隠していやがったか。」
流浪の旅を続ける剣士クリフォードと魔導師ヒル魔の元に、その依頼が舞い込んだのは突然だった。
「ナーガのドラゴンを退治してもらいたい。」
雲水と名乗るその僧侶は、莫大な手金と共にそう言った。
ひどく思いつめたその表情に、クリフォードもヒル魔も違和感を覚えたのは言うまでもない。
けれど雲水は見た目通りの頑固者で、噂に流れている以上の情報を口にすることはなかった。
「ご丁寧に結界まで張られてその上退治してくれとは…面倒なことになってきたな。」
モンスターハンターと呼ばれるものたちは、希少なモンスターを狩り、その毛皮や歯、内臓などを加工し売ることで利益を
得ている。
買い手は様々だが、主に魔法使いが上客。
ドラゴン希少価値としても利用価値としても最高級。
一匹捕らえただけでも、一生遊んで暮らせるほどの利を得る事が出来る。
それを、あの僧侶は、『退治してくれ』と言ったのだ。『狩ってくれ』ではなく。
「結界のことも知ってたんだろ。それに…中にいる呪われた野郎のことも。」
「呪われた?……人間か。」
「あぁ、恐らく龍と人間のミクスチャーだ。」
「ドラゴンと人間を掛け合わせたって、実質ドラゴンだろ?人間のほうが先にイカれちまう。」
「まー、普通はそーなんだがナァ。」
ミックス――異種族間の二固体を掛け合わせる魔法は、ただでさえ上級魔法、そう多くの人間が使えるわけではない。
しかも、普通は精神と肉体のレベルが近い種族間で行われる。
上手くいけば、完全共存――二固体の精神が一つの肉体の中で同居し続け、肉体のみ都合のいい方にスイッチする事が出来る。
肉体を上手くコントロールできるようになれば、中間体と呼ばれる、どちらの肉体の特徴も受け継いだ身体になることも可能だ。
例えば狼人間などは成功率の高いいい例だ。
しかし、龍人間となると話は別だ。
精神力も身体能力もドラゴンは人間をはるかに凌駕する。
完全共存はほぼ不可能で、人間の精神がまず狂い始め、龍の精神で居る事が多くなる。
肉体も、人間体でいるよりも龍体で居るほうがはるかに強靭で寿命も長いため、めったに肉体のスイッチも行われない。
つまり、龍人間は実質龍と等しい。
意味のないミクスチャーなのだ。
ヒル魔はただ洞窟を見つめ、目を細め笑みをこぼした。
「掛け合わせた種にもよるが、龍は元々聡明で温厚な種族だ。こんなに凶暴な気のドラゴン居て堪るかよ。」
「…まだ正気が残ってるってことか。」
「さてね。」
「どっちにしろ結界を解かねえと帰り道がねえんだろ?さっさとしろ、サニー。」
クリフォードは膝丈ほどの岩にどっかりと腰を下ろした。
既に休憩の体制だ。
「それが人に物を頼む態度かよ、センセー。」
ヒル魔は囁くように呪文を紡ぎ、光る糸のように唇から零れ出たそれを、細く白い指で模様を描くように絡めとっていった。
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気持ちだけアヒル祭り没ネタ第二段。阿含が出ていないのにアヒルだと言い張る。
書いてはいませんが件の龍男がゴンさんで、魔導師ヒル魔たんが、龍男ゴンさんの呪いをとこうとする冒険譚になる予定
でした。しかしとてつもなく長くなりそうだったので没に。
先生が出張ってますがクリフォヒルではありません。2010/2/5日記より。